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それは、帝国が血と肉で築いた円環。
見世物の名を借りた処刑場。
民は歓声をあげ、王は恩寵を語る。
帝国の栄光は、いつも死の上にこそ咲き誇る。
その巨大な石造りの闘技場は、「王の胎内」と呼ばれた。
生と死が混じり合い、血肉が蠢く胎内。
ここで生き延びた者だけが帝国に再び産み落とされ、名誉アルトリウス人として新たな命を得る。
それは第二の誕生、血の洗礼を経た再生の儀式だった。
その内に生きる者たちは、すべて“罪”を背負っていた。
大戦で帝国に抗い、敗れ、捕らえられた兵士。
祖国を焼かれ、帝国への復讐を叫んだ者。
己が欲望のままに殺し、奪い、破壊した戦犯。
誰もが、帝国に仇なした咎人であり、誰もが、帝国市民の「娯楽」として、生きることを許された。
敗者の血で濡れた土が幾度も耕され、勝者の雄叫びが天蓋を突き破り、そして、生者と死者の境は、歓声の渦の中に溶けてゆく。
それは、帝国の民がこよなく愛する祝祭。
闘いの証として残された血痕は、夕暮れ時には宝石のように煌めき、闘技場に霊妙な美しさを与えた。
肉の祝祭だ。
だが、その喧騒は地上にこそ満ち満ちていたものの、地下へと続く石段を降りるごとに、その熱はまるで潮が引くように薄らいでいった。
石段を踏む足音が、湿った壁に吸い込まれ、やがて沈黙だけが支配する場所へと変わっていく。
冷気が肌を這い、暗闇が視界を奪い、そこでは別の世界の法則が支配していた。
闘技場の最奥——硬く閉ざされた扉の向こう、石壁に囲まれた独房の一角にただひとり、少年が座している。
石の床に刻まれた細い溝には、幾人もの囚人たちの爪痕と血の跡が残されていた。
それは彼以前の住人たちが記した、言葉なき遺書だった。
手首に巻かれた鎖が、わずかに揺れた。
それは、彼が息をしているからだ。
それ以外に、彼がこの場所に生きている証はない。
壁に背を預け、膝を折り、その細い身体を沈黙の中に沈めている。
黒髪は肩まで流れ、まるで墨を垂らしたように肌を際立たせていた。
白磁に似たその肌には、ほとんど色がない。
血の気さえ奪われたような蒼白さは、生者よりもむしろ死者に近しい。
暗闇の中でもその存在だけは奇妙に明瞭で、闇が彼の輪郭を際立たせているようだった。
少年は目を閉じていた。
睫毛は長く、影がその頬を薄く曇らせている。
冷たい石壁に触れた肩のあたりは少しだけ衣が擦れているが、その気配すら微細だった。
呼吸は浅く、脈もまた今にも消えてしまいそうに淡い。
しかし彼は、確かにそこにいた。
手枷を通して繋がれた鎖が彼の存在を現世に留めている唯一のものだ。
それは鈍く光り、重々しく軋む。
けれども、その痛みや重みさえ彼にとっては遠い出来事にすぎなかった。
地上では今、戦いが繰り広げられている。
剣が打ち合う音が響き、獣人たちの咆哮が交じり合い、血飛沫が土を濡らすたびに観客は歓声をあげている。
その熱気が地下へと届くのは石造りの骨を伝ってのことだ。
熱波にも似た興奮が地の底を湿らせ空気に生暖かさを与える。
しかし、その空気は少年の周囲で流れを止めた。
まるで彼の静けさが、世界の熱を拒んでいるかのようだった。
彼の名を呼ぶ声はない。
今はただ、彼の手首を縛る鎖が、その身を地に留めているばかりだ。
三年。
この独房に繋がれてから、すでに三年が過ぎている。
十五の年齢に達し、本来ならまだ青年と呼ぶには早すぎるその姿は、年月の重さを何ひとつ感じさせなかった。
まるで時間そのものが彼に触れることを恐れているかのように。
むしろ、ここでの時間が彼を若いままに封じ込めているようでもあった。
誰よりも勝ち続け、誰よりも血を流し、誰よりも死に近づいたはずの身体。
それが、どうしてこれほどまでに儚さを纏っていられるのか。
それは、誰も知ることがなかった。