プロローグ
女が燃えていた。
ただこの一瞬のためだけに帝国が築き上げた処刑場の中心で燃えていた。
まるであらかじめ神に指定されていたかのような舞台で、彼女の肉体は静かに火に包まれ、やがては烈火
となって天へと昇っていく。
炎は、単なる燃焼ではなかった。
意思を帯びていた。
彼女の内奥から零れ出た感情そのものが形を成したかのように。
最初はかすかな炎の舌が彼女の足元を舐めるように這い上がった。
火は生き物のように呻き、揺らめき、渦巻いた。
熱風と濃密な煙が交差するなか、彼女は十字に組まれた粗野な木材に縫いとめられ、火の抱擁のなかで、静かに赤へと染め上げられていく。
弾け飛んだ火花は観衆の目に、夜空に輝く星々のような幻想を見せた。
瞬きする間もなく消えゆく刹那の光が、人々の瞳に映り込む。それは美しく、そして残酷だった。
「燃やせ!」
「異端者に死を!」
「帝国に栄光を!」
轟々と燃え盛る女の悲鳴をかき消すように、処刑場は歓声とともに震えていた。
人々の顔には興奮の色が浮かび、口々に賛辞を叫びながら、女の死を心から楽しんでいる。
歓声はこだまし、血に飢えた目がギラつく。
処刑場全体が一つの巨大な心臓のように脈打ち、興奮と熱に満たされ、群衆はその死を悦び、讃美し、祝祭のごとく享受していた。
少年は、ただその場に凍りついていた。抗うことも、目を逸らすこともできず、巨大な憎悪のうねりに取り巻かれ、ただ飲まれていくしかなかった
喉は乾き、手足は鉛のように重く、心臓は不規則に鼓動を打っていた。
恐怖なのか、悲しみなのか、それとも怒りなのか。
自分でも名付けられない感情が、彼の内側を引き裂いていた。
燃えゆく女の姿は、やがて一つの影となり、ゆっくりと崩れて、灰へと変じていく。
その過程のすべてが、少年には永劫にも似た時間として刻まれていた。
女は生前、よく画を描いていた。
彼女の手が生み出す画は、現実にあふれる色彩をそのまま閉じ込めるものではなかった。
どこか抽象的で、魂の奥深くに隠されたものを暴くものだった。
なぜ、完全な状態で今ここに存在しているのに、人は人を描かずにはいられないのだろうか。
少年はそう疑問に思ったことがある。
「不安なのよ」
女はかつてそう零していた。
「声も熱もないこの筆致に、あなたの影を見ているの」
歓声が、まるで波のように少年に押し寄せる。
群衆は歓喜に染まり、その死を祝うように、止むことなき喝采を投げかけていた。
——私にも、昔いたの。
その一言が、壊れた少年の静寂の中に浮かび上がる。
私を描いてくれた人が。私という存在をこの世に刻みつけてくれた人が。
「その人が私の目の前から消えたとき、世界が突然静まり返ったように感じたわ」
十字架が悲鳴のような軋みを上げる。
木材が耐えきれずにひび割れ、炎の勢いに圧倒されて倒れ込む。
その瞬間、炎と煙が天高く舞い上がり、壮大に処刑台ごと崩れ落ちた。
彼女の姿も、まるで熟れて弾け飛んだ星のように、最後の光を放ちながら、崩れた木々の中に消えていった。
歓声だけが残った。
終焉を讃えるように、空へ舞い上がり、こだまのように街の隅々まで響き渡る。
残されたものは、燃え尽きた灰と、焦げた匂いと、誰も名を呼ばない死の痕跡だけだった。