第7章 畑を守るために"戦わない"選択
今日は魔王軍の主要メンバーを村の集会所に集めている。
辺境の小さな建物だけど、ここが俺の“畑拡大作戦”前の生活の拠点だった。土の壁と粗末な木の椅子が並ぶだけの質素な場所だが、外で会議なんかしたらすぐケルベロスが嬉しそうに走り回って散会になりそうだし、リリスが誘惑魔法を使いそうで落ち着かない。
それなら狭い部屋に皆を押し込んだほうが、少しはゆっくり話をできる。
「陛下、椅子がきしむんですが…大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないが、そこを我慢してくれ。俺だって腰かけるたびに壊れそうで怖いけど、ほかに広い場所がないんだ」
ボルグ(オーク)がぐらりと椅子を揺らしながら、不安げにこちらを見る。彼は体がでかいから仕方ない。隣ではサキュバスのリリスがふわふわと腰掛けていて、ちっとも重さを感じさせないのが対照的だ。彼女は相変わらず露出度の高い服装で、狭苦しい室内を色っぽい雰囲気に変えかねない。オークやケルベロスが落ち着きを失わないように、俺は内心ヒヤヒヤしている。
「じゃあ始めるぞ。おまえらには何度も言ってきたが、俺は戦わずに平和を作りたい。もう世界の半分が畑になってるけど、誰もが望んだわけじゃない。追い出された人だっているし、元の土地に戻りたいって声もあるはずだ。そこをどうするか話し合おう」
俺が開口一番にそう切り出すと、ケルベロスが三つの頭を同時にかしげる。
「でも陛下、もし今さら畑を元に戻したら、陛下の農地が減ってしまいます。そうなったら敵が攻め込んでくるかもしれないじゃないですか」
「攻め込まれないようにする手段は話し合いだ。どうしても駄目なら、俺が動くし、魔王軍としての力を全部ぶつける必要はない」
以前の俺なら「やめてくれ」と曖昧に説得するだけだったかもしれない。だが、もう遠慮はしない。魔王軍が暴走するときに全力で止める手段を、俺はしっかり握っている。
だから、ここで譲歩してばかりじゃ駄目だ。
ケルベロスも困惑した顔をしているが、三つ首とも何とか納得しかけている様子だ。
「分かりました。陛下がそこまで仰るなら、僕たちは力を使いません。だけど、もし敵が…」
「敵が襲いかかってきても、まずは会話を試みる。万一それが通じなければ、俺が剣を取る。おまえたちは補佐に回ってほしいんだ」
力を誇示するのが魔王軍の常識だと分かっているからこそ、俺ははっきり断言する。彼らにとってみれば、「陛下は最強だから自分たちが手を下す必要がない」と思えれば、それ以上余計な蹂躙をしなくなる可能性が高い。
「じゃあ、あたしたちはもう襲撃とか誘惑とかしなくていいんですね?」
リリスが退屈そうな口調で尋ねてくる。彼女の一番の“得意技”は魅了魔法だから、使えないとなると持て余すだろう。ただ、今さら自国の王子を誘惑して寝返らせるような暴挙は止めてほしい。
「もしあっちから交渉に応じてくれないなら、話をスムーズに進めるために軽い誘導くらいはいいかもしれない。けど、完全に自由意志を奪うような魅了は控えてくれ。俺の願いを理解してほしいのは、相手を心から納得させるためなんだから」
「うーん、それじゃあたしの見せ場が減るんですよね♡」
「それでいい。人を自由に操る術は何も生まない」
リリスはしぶしぶ頷き、ツインテールをふわりと揺らす。次にオークのボルグがどっかり椅子を鳴らしながら腕を組む。
「けどよ陛下、畑を元に戻せって言われても、もう焼いちまった城やら倉庫やらはどうしようもねえだろ? オレたちがぶっ壊した建物、すでに跡形もねえんだが」
「そうだな。完全に復元は無理でも、できる限り材料を集めて再建の手伝いをするしかない。世界じゅうに散らばるおまえらの部下を集めて、修理を手伝わせるんだ。文句を言われるかもしれないが、そこは真摯に受け止めよう」
「修理かあ…オレ、壊すのは得意だけど直すのは初めてだぞ」
「だからこそ、おまえにやってほしいんだ。壊すだけじゃなく、直す方法があると知れば、無闇に破壊なんてしなくなるはずだ」
ボルグは面倒そうに渋い顔をするが、いずれにせよ俺の意図は理解したようだ。ミミはウサギ耳をぴょこぴょこさせながら、楽しげに目を輝かせる。
「陛下、あたしはどうすればいい? 結界魔法で農地を守るの得意なんだけど…」
「戦闘に使うんじゃなくて、防災や災害対策に使えないか? たとえば火事を封じ込めるバリアとか、嵐から作物を守る結界とかさ」
「そんな使い方考えたことなかった! でも楽しそうかも…よーし、練習してみるね」
笑顔になったミミにホッとしつつ、目の端でルナ(ドラゴン)が空気を読むように小さくなっているのが見える。いつもは「焼いちゃえば楽だよね♡」なんて言っていたが、俺に戦わない方針を明言されてからは慎重になっているらしい。
「ルナ、もし敵が来ても大規模なブレスは控えてくれ。もしもの時は、上空から彼らの動きを監視する程度にしてほしい。危険な魔法は、話し合いが崩れたときの最終手段だ」
「ぷぎゅ…分かった。でもあたし、実は強い炎や雷を出すほうが得意なんだけど…」
「知ってる。でも、それは本当に最後の最後まで使わない。俺がやるから、おまえは見守ってほしい」
ルナは小さな前脚で口を押さえながら、「ぷぎゅ…」と小さく呻く。得意技を封印するのはドラゴンとしてプライドが傷つくのだろうが、ここを乗り越えれば彼女だって“破壊”以外の使い道を見つけられるはずだ。
「よし、これでだいたい方針は決まったな。みんな、これからは“戦わない”で畑を守るために力を使ってくれ。守り方はいくらでもある。無理に蹂躙する必要なんてないんだ」
そう締めくくると、皆それぞれ微妙な表情のまま頷いてくれる。ケルベロスも三つの頭が「うーん」と唸りながら、「陛下が望むなら…」と呟いている。
世界をどんどん畑化すれば平和になると思っていた彼らには、まったく新しい発想かもしれない。だが、だからこそ効果があるはずだ。自分たちが今まで“力で全てを決めていた”のは間違いだったと知るきっかけになるだろう。
とはいえ、言うは易く行うは難しい。
実際、周辺国の中には「魔王アレンが今さら善人ぶっている」と疑いまくっている勢力もあれば、俺たちが手を引き始めたのを「弱気になった」と見て侵攻を企む国もあるかもしれない。そんなときこそ、話し合いを実現させるため、俺は剣を抜いてでも“当面の衝突”を防ぎ、とにかくテーブルに引きずり出さなきゃならない。その重責を担う覚悟はしている。
「さて、さっそく動こう。まずは世界の半分を覆うこの畑をどう管理するか、各国から代表を呼ばないと。バラバラに農業をやっても混乱するだけだし、追い出された住民を迎え入れる算段もしなきゃいけない」
「陛下、あたしが勧誘に行ってもいいですか? 魅了は使わないで、普通に交渉するだけっていうのは難しそうだけど、頑張ってみます♡」
リリスが珍しく前向きに名乗りを上げる。
「いいぞ。くれぐれも無理強いはしないようにな。必要なら誰か同行させてくれ」
「じゃあ、オークのボルグも連れてくわ。大柄だから護衛にちょうどいいし、戦う気ゼロのあたしよりは安心感あるでしょ?」
「護衛って言ったって、オレは戦わねえんだぞ? まあ、威圧感だけでも十分って話か…やれやれ」
ボルグが苦笑いしながら肩を回す。いつもなら殴り込みの笑顔だけど、今回はそれを封印しての護衛役らしい。若干ぎこちないが、新しい役割を与えられたことに戸惑いつつも張り切っているようだ。
「ケルベロスとミミ、それからルナは俺と一緒に各国を回って、生活基盤を再建する支援をしよう。そもそもおまえらが壊した場所も多いし、自分たちで責任を取るんだ」
「分かりました、陛下…でも、皆から恨まれたらどうしよう」
ケルベロスの三つの頭がしょんぼりうなだれる。
「それは仕方ない。恨まれて当たり前だ。もし責められたら、真摯に謝れ。聞いてもらえないかもしれないが、それでも誠意を示すしかない」
「……分かりました」
けれど、こうして建設的な話をしているのは初めてじゃないか?
今までは「陛下のため!」と突っ走るばかりだったのが、俺が“戦わない”姿勢を明確にしたことで、みんながどこか戸惑いつつも引き返そうとしている。
俺自身も、彼らに何度も翻弄されてゲンナリしていたが、こうして対話できる可能性が見えてきたことは正直うれしい。
「俺は戦わずに畑を守る。それが何より望んでいたスローライフの根幹だ。強引に領土を広げても、最後は誰かの恨みを買うだけだったんだよ」
俺がそう言うと、リリスやボルグ、ミミたちはそれぞれ改めて静かに聞き入る。ルナも小さな翼をパタパタさせながら、まるで困った子犬のような目でこっちを見ている。今まで「焼けば全部片付く」くらいに思っていた彼女が、これ以上ないくらい真剣な顔をしているところに、わずかながら救いを感じる。
「おまえらには迷惑もかけてきたし、俺自身、うまく指示しきれなかった責任がある。だから、ここからは一緒に考えよう。戦わずに畑を守るってのは、面倒だし時間がかかる。けど、絶対にそれが正しいと信じてるんだ」
「ふふ、陛下がそこまで言うなら、あたしも頑張りますよ♡ まあ、そのうち誘惑魔法も使いたくなるかもしれないけど」
リリスが冗談めかして笑うから、俺は「ほどほどにしろよ」と苦笑いを返す。ボルグも「ま、オレにだって農具を使いこなす日が来るかもな」と呟き、ケルベロスは「僕だって土いじり、やってみます!」と意外なやる気を見せる。ミミに至っては「結界でお花畑を作るの、楽しそう!」と早くも新しい魔法の使い道を思案している。
「そんな感じでいいんだ。破壊ばっかりの発想じゃなくて、何か面白いことに力を使ってくれ。何より、人間とも交流してほしい。そしたら怖がられるだけじゃなく、愛される魔物になるかもしれないぞ」
「陛下…愛される魔物…ちょっといい響きかも」
ケルベロスが三つ首それぞれで照れたように笑っている。俺は思わず小さく吹き出す。ここまで突拍子もない連中が、ひたすら俺を“陛下”と呼んで慕ってくれるなんて、考えてみれば滑稽な話だ。
でも、力ずくの支配だけが能だと思っていた奴らが、一歩ずつではあるが違う可能性を探り始めている姿を見ると、胸がじんと熱くなる。
「分かったら、早速動こう。まずはこの村から周囲の畑を点検して、誰が困ってるのか、どこが再建を望んでるのか調べてみる。いいか?」
「はい、陛下!」
みんなの声が揃う。すぐにでも外へ飛び出して行きたそうな彼らを見て、俺は軽い安心と、まだ見えない大変さを思って苦笑を浮かべる。
実際、この先はいろんなゴタゴタが起こるだろう。力で屈服させられていた国が「今さら友好? 冗談じゃない」と噛みついてくるかもしれないし、逆に「実はずっと仲良くしたかった」なんて国が現れるかもしれない。中には勇者パーティがやってきて「アレン、これもおまえが裏で糸を引いてるんじゃないのか」と難癖をつけてくる可能性もある。
それでも構わない。俺は逃げないと決めたんだ。
かつての“勇者”として、そして“農家”として、戦わずに本当の平和を手に入れる道を探るしかない。これが俺の…いや、みんなの望むスローライフへの最初の一歩なのかもしれないから。
「よーし、行こう。今日もいい天気だし、畑の見回り日和だ。俺たちのやり方なら、きっと誰もが安心して農業できる日が来ると信じてる」
そんなふうに声をかけると、ケルベロスが尻尾をフリフリしながら先頭に立ち、ボルグが重い足取りで外へ踏み出していく。リリスもツインテールを揺らしながら「じゃあ行ってきます♡」と足早に出ていき、ミミは「うさぎさん結界でみんなを笑顔にしてくる!」と小さく拳を握る。ルナはちょっと心配そうに俺の袖をくわえてくるが、それでも「ぷぎゅ…」と可愛い鳴き声を立てるあたり、ついて来る気は満々のようだ。
――こうして、俺たち魔王軍(?)は、“戦わない”ための作戦を始めることになった。
大義名分に縛られて“力こそ正義”と突っ走ってきた彼らが、本当の意味で“農作業を守る”ことに心を向けてくれたなら、こんなに嬉しいことはない。何より、無駄な流血をせずに世界中が畑を楽しめる未来があるんだとしたら、それが俺の願うスローライフのゴールに近い形だと思うから。
まだ道は遠いし、問題は山積みだ。今さら国を解放したところで、みんなが手を取り合ってくれるわけじゃない。勇者パーティやかつての仲間たちからの疑いも消えないだろう。だけど、最初の一歩を踏み出しただけで、ずいぶん景色は変わるはずだ。少なくとも、互いにぶつかるばかりだった魔王軍が、自分たちの力を“修復”や“再建”に振り向けようとしているんだから。
「俺も行くか。話し合いが何より大事だからな」
そう独りごちて、外へ出る。眩しい日差しの下に広がるのは、もはや国境すら曖昧にしてしまった“巨大農地”だ。昔なら「あぁ、畑仕事日和だな」なんてのんきに喜んだかもしれないが、今はどこか複雑な気持ちになる。それでも、この風景を責任持って受け入れるしかない。
いつか本当に、ここが笑顔で溢れるスローライフの舞台になると願って。
足もとはまだ土埃と荒れ果てた跡が混ざっているが、青空がきれいに晴れていて、遠くからケルベロスの「ワン!」という声が聞こえてくる。彼らが“戦わない”生き方を覚えたとき、世界はきっと今以上に広がりを見せてくれるはずだ――そう信じて、俺は微笑みながら彼らの背中を追いかける。
戦わない選択で畑を守れるなら、きっとそれが一番いいに決まっているんだから。
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