第5章 世界の半分が"農地"になってるんだが!?
朝の空気はひんやりしていて、胸いっぱいに吸い込むだけで少しだけ元気が出る。
けれど俺は大きく息を吐きながら、遠くを見つめて頭を抱えている。
なにせ視界に広がる風景があまりにも異常だ。山をいくつも越えたはずの向こう側まで、際限なく“畑”が続いているように見える。もともと俺が耕していたのは、ただの村外れの小さな一画だった。
それがどういうわけか、世界の半分ほどを覆う勢いで“アレン領の農地”になっているんだから、さすがに笑うに笑えない。
「……ここまで来ると、さすがにドン引きだろ」
呟いてみても、誰もツッコんでくれやしない。そもそもこの広大な“農地”は、俺が望んでできたものじゃない。魔王軍の連中が勝手に隣国を“保護”とか“制圧”とかいろんな名目で併合し、畑に仕立て上げてきた結果だ。
作物の種がばらまかれ、魔法で土壌が改変され、不要な建物はぶっ壊されて耕地に早変わり。おかげで世界地図の半分が緑の地帯に塗り替わっている――らしい。
そんな異常な光景を確認するために、今、ちょっと丘の上に登って畑全体を見渡しているわけだ。
足もとには小型化したドラゴンのルナがちょこちょこまとわりついてきて、俺の裾を引っ張っている。小さい姿はぬいぐるみみたいに可愛いんだけど、こいつが本気を出すと、国ひとつ焼き払うブレスを平気で吐くから油断ならない。
「ぷぎゅ…陛下、ぼーっとしてないで降りようよ。畑が広がってるなら大豊作じゃない?」
「大豊作かもしれないが、そもそもこれだけ広いと管理できるわけがないだろ。収穫が全部終わるころには次の種をまく時期を通り越してそうだ」
「ならゴブリンのミミが自動収穫魔法を使えば問題ないでしょ」
「問題だらけなんだよ。それやるたび、周りの国の人を巻き込んで苦しめてるだろうが」
言いながら、頭の奥がずきずき痛む。近頃は畑に立つだけでも複雑な気分になる。俺が育てたいのは、のどかな環境の中で伸び伸び育つ野菜たちだ。それを大勢の人や魔物に脅えながら徹夜で収穫させ、さらに隣の国を巻き込む形で土地を拡張するなんて、本末転倒としか思えない。
ルナは「ぷぎゅ?」と小首をかしげるばかりで、悪気がないのがむしろやっかいだ。
丘を下ると、ケルベロスが待ち構えていた。相変わらず三つの頭が同時にこちらを見て、しっぽをドスンドスン振り回している。やたらと楽しそうな雰囲気なのは分かるが、こういうときに警戒しないのが不思議で仕方ない。
「陛下、おはようございます! また新しい国が『農業をしたいから仲間に入れてくれ』と申し出てきました」
「自分から言ってきたわけじゃないだろ? どうせおまえらが“陛下の農地に協力しないなら焼き払うぞ”って脅したに決まってる」
「え? もちろん、陛下の平和を邪魔させないための交渉術ですよ!」
こっちの都合を一切省みない“交渉”を、平然とやってるのが彼らの常識らしい。思わずため息をつくと、ケルベロスはしょんぼり鼻を伏せる。
「陛下、気に入らなかったですか? でもこれでまた畑が増えますよ!」
「……増やすなって散々言ってるだろ。もう世界の半分が畑になってるんだぞ。いったいどれだけあれば気が済むんだよ」
「そりゃあ陛下が『もう十分だ』と言うまでです!」
「何度も言ってるんだけどな……」
まるで会話がかみ合わない。畑がどれだけ拡張されても、どんどん新たな領土が生まれても、彼らは「陛下が助かるなら」とぐいぐい突き進む。
誰を助けてるのかすでに意味不明だが、当人たちは大真面目だから始末に負えない。
「うああああああっ!」
突然、絶叫混じりの声が響き渡ってきた。反射的にそちらを振り向くと、見慣れた顔の戦士がこちらに突進してくる。元々は俺の仲間だった、勇者パーティの一人だ。
剣を振りかざしながら涙目で怒鳴り散らしている。
「アレン、おまえ……いいかげんにしろよ! 本当に世界を牛耳るつもりなのか!?」
「待て、落ち着け。俺はやりたくてこんなことしてるわけじゃないんだ」
「ふざけるな! おまえのせいで、故郷まで『農地計画』とやらに巻き込まれたんだぞ!? 畑を広げる名目で町が半壊して、大勢の人が行き場を失ってる!」
胸が痛む。彼の言葉はまさに事実だろう。
魔王軍が“畑として最適”と踏んだ場所は、容赦なく建物を壊して土を耕してしまう。住民は追い出されるか、半ば強制的に“農業要員”に組み込まれることになる。
絶対に許されない暴挙なのは分かりきってるのに、俺は全然止めきれない。
「ごめん。でも、俺は本当に止めようとしてるんだ。世界征服したいわけじゃないから、分かって——」
「そんな言い訳が通じるかぁ! 傷ついた奴らを見捨てる気か!?」
「いや、見捨てたくないからこうしてる。俺だって……」
言い終わらないうちに、彼は剣を振り下ろす。目に宿る怒りは本気そのものだ。俺はとっさに身をのけぞらせ、ケルベロスが前に出そうになるのを慌てて押しとどめる。
ケルベロスは火炎を吐きかける寸前で辛うじて止まり、地面に焦げ痕だけが残った。
「やめろ! そこまで追い詰めるな。仲間だったんだろ!?」
「陛下、こいつはあなたに牙を剥いています。倒して当然です!」
「だから、そういうのをやめろと言ってる!」
俺の制止を無視するかのように、背後からリリスがヒラヒラと飛び出してくる。ツインテールを揺らしながら妖艶な笑顔を浮かべ、手には魔力のこもった漆黒の宝石を握りしめている。
「陛下、あたしに任せてください♡ 魅了魔法であっという間におとなしくさせますから♡」
「だめだめだめ! 勇者パーティをむやみに操るな。話がややこしくなるだろうが!」
「えー、陛下が苦労する姿は見たくないんですよ♡」
目の前でかつての戦士仲間が半狂乱のように吼えているのを見れば、リリスが介入したくなる気持ちも分からなくはない。でも“魅了魔法”なんて使ったら、いよいよ話し合いが不可能になる。
俺は彼女に向かって全力で手を振り、やめろと訴える。
「リリス、そいつらは俺の古い仲間なんだ。頼むから、いま何もしないでくれ」
「陛下がそこまで言うなら……後でムチャしないでくださいね♡」
リリスが後ろに下がった瞬間、今度はオークのボルグが割り込んでくる。手には巨大な槌。筋肉が唸っているのが見える。
「陛下、おれに任せとけ。力業で正面からぶっ飛ばしてやる。勇者パーティだろうが何だろうが関係ねえ」
「ボルグも落ち着けよ。そもそもそんな危険なもん持ち歩くな」
「でも陛下、このままだとあいつらが畑に火をつけたりするかもしれないじゃないか。なら先手必勝だろ?」
「誰も火をつけないから! それに、焼けちゃ困るのはこっちだし……」
言い争ううちに、戦士がこちらに切りかかろうと踏み込んでくる。俺はぎりぎりのタイミングで鍬の柄を突き出して受け止めるが、相手も怒りで力が増しているのか、衝撃で腕がしびれる。
「アレン、どこまで堕ちたんだよ。おまえが、本当にこんな理不尽な征服を望んでいるなんて認められない!」
「望んでない! 望んでないから止めたいのに、誰も言うことを聞いてくれないんだよ!」
「それでも、こいつらがやってることは明らかにおまえの意志で——」
「勝手に動いてるんだって! 信じてくれないかもしれないけど、俺は本当に困ってるんだ!」
剣と鍬がぶつかる音が響き、両者ともに体勢を崩す。俺が苦々しく歯を食いしばっていると、横からケルベロスがまた吼えそうになる。まずい、このままだと再び魔王軍と勇者パーティの衝突が起きる。
俺は必死で彼らをなだめる一方、暴れようとする戦士を押し返している。気が抜ける暇もない。
すると背後で小さな轟音が響いた。見ると、ドラゴンのルナが人間大くらいに身体を大きくして、翼を大きく広げている。うわ、まさかブレスを放つ気か。ここで放たれたらまた畑が深刻なダメージを受ける。俺の汗が背筋を伝う。
何か別の手を打たないと、状況がさらに最悪なことになる。
「やめろ、ルナ! ここでブレスなんか撃ったらこの辺りが全部焼け野原になるぞ!」
「ぷぎゅ…でも陛下が襲われてる! 陛下をいじめるやつは消してあげる♡」
「しなくていいから! その愛情はちっともありがたくないんだよ!」
悲鳴混じりに叫ぶと、ルナは小さく首をかしげる。攻撃態勢を維持したまま固まっている感じだ。完全には引いてくれないが、どうにか踏みとどまってくれているのが救いだ。
そんなこんなで勇者パーティの戦士もすっかり振り上げた剣を振り下ろせずにいる。
「くそっ……アレン、本当に俺たちと戦うつもりなのか」
「違う。おまえらを倒したいなんてこれっぽっちも思ってない。だから、武器を納めてくれ」
「それで今さら話し合いだとでも言うのか? こんなふざけた征服劇を繰り広げておきながら……」
「繰り広げてないんだってば! 俺は止めたいの! ちょっとでいいから信じてくれ!」
声を荒らげると、戦士は息を切らしながらも一瞬だけ剣を下ろす。
そこに割って入ってきたのは、リリスが連れてきたらしい魔王軍の一団だ。 彼らは「陛下! 世界を半分ほど制圧しました!」と誇らしげに報告している。話の腰を折るにもほどがある。
「だから制圧するなと……やめろと……どうしてくれんだよ、この状況……」
「やったな、陛下! まもなく全世界が膝を屈する!」
「屈しないでいいって言ってるだろ! 世界を支配して、いったい何が楽しいんだよ……」
頭を抱えつつ辺りを見回すと、遠くまで続く果てしない畑の向こう側からも土煙が上がっている。どうやら“新規に開墾”しちゃっているんだろう。住んでいた人たちがどうなっているのか想像するだけで胃が痛くなる。
「アレン、どう落とし前をつけるんだ? 世界の半分がこんな無法地帯と化してるんだぞ」
「分かってる。俺だって嫌ってほど認識してるんだよ……」
しかも、この侵略がさらに加速し始めているのを肌で感じる。周辺国が「あれよあれよ」という間に魔王軍の配下になり、“アレン領”の名目でどんどん畑が拡大している。
平和に見えるかもしれないが、裏では家を追い出されたり、強制労働に駆り出されたりしている人が大勢いる。その悲鳴を、俺は耳を塞ぎながらも確かに感じている。
「……もう限界だ。このままだと取り返しがつかないことになる」
自分でも思いのほか暗い声が出る。勇者パーティの戦士は険しい顔で息をつく。剣を握る手が震えているのが見える。
「だったら止めろよ。おまえのその手で。おまえにしかできないんじゃないのか?」
「……そうかもしれない。いや、絶対にそうなんだろうな」
魔王軍を“力”でねじ伏せるか、もしくは何らかの形で彼らを説得するか。
いずれにせよ生半可なやり方ではもう通用しないだろう。彼らは世界の半分を掌握するほどに膨れ上がっているのだから。しかも、俺のことを“陛下”と呼んで崇めている以上、中途半端な言葉では動いてくれない。
かといって、全部をまとめて物理的に叩きのめすのも、俺の理想からは遠い話だ。
「アレン、聞け。もしおまえが本気で魔王軍を止める気があるなら、俺たちは……」
「協力してくれるのか?」
「仲間だった頃のよしみで最後に一度だけ信じてやりたい。だが裏切るなら容赦はしないぞ」
彼の目には微かな迷いがあるものの、真剣な決意がうかがえる。
嬉しいような、申し訳ないような気持ちが渦巻くが、今は甘えている場合じゃない。どうにか魔王軍の暴走を止めたいなら、俺と勇者パーティが手を組むしかないのかもしれない。
ケルベロスやリリスたちを見れば、こちらのやり取りに焦りは感じていない様子だが、時間の問題だろう。彼らがまた「陛下の邪魔者は皆殺し」と動き出す前に、何とか対策を打たなければいけない。
「陛下、どうしました? 疲れてますか?」
ケルベロスが不思議そうに顔を寄せてくる。三つの頭が同時に俺をのぞき込むから、妙に圧迫感がある。だが俺は思いきって声を張り上げる。
「これ以上、世界を農地に変えるな。今ある畑も、そこで働いてる人たちも、ちゃんと休ませてやれ。彼らの住んでいた町や家を壊すのはやめろ」
「でも、陛下の畑を守るためには——」
「やめろって言ってるんだよ! 俺はスローライフがしたいだけなんだ。戦いなんか見たくないし、人を追い出すなんてもっと嫌だ」
驚いたようにケルベロスはしっぽを垂らし、リリスもピタリと動きを止める。ボルグやミミ、そしてルナもみんなそろって「陛下?」と目を瞬かせている。
これだけ大声で叱咤したのは初めてかもしれない。
「頼むから……話を聞いてくれ。俺は、誰も踏みにじらないスローライフが欲しかったんだ。この世界を片っ端から壊して畑にしても、ちっとも嬉しくない」
「……陛下、でも……それだと敵が……」
「敵なんか、ちゃんと話し合えばいいだろう! お前たちが力でねじ伏せるから、ますます誤解されてるんだ!」
声を荒らげながら、頭の中は混乱が渦巻いている。
こんな形でぶつかるのは望んでいなかったが、もうやむを得ない。魔王軍がどれだけ驚こうが、今さら遠慮していられないんだ。世界の半分が農地になった時点で、すでに取り返しのつかないほど多くの人が悲しんでいるから。
すると、ケルベロスの三つ首が互いに顔を見合わせ、リリスがまるで焦るように口を開く。
「陛下…本当に、それが望みなんですか? あたしがこんなに頑張って領地を増やしたのに……?」
「望んでないから何度も止めた。おまえらが勝手にやっていただけだ」
「でも陛下が直接『やめろ』とは……こんなにはっきりは言わなかったような……」
言われて思い返す。確かに俺はずっと「やめてくれ」「暴れないでくれ」とお願いはしてきたけれど、魔王軍の世界観ではそれが本当に“禁止命令”として伝わっていなかったのかもしれない。
あるいは、甘えた言い方をしていたことで彼らには通じなかったのかもしれない。
「ああ、そうだよ。俺はもう、力ずくの征服なんか見たくもない。世界中の人が泣いているのに、のんびり畑仕事するなんて絶対におかしいだろ」
「陛下……」
しんとした空気があたりを包む。誰もが口を閉ざし、俺の言葉を受け止めているようだ。
やっと心の奥の本音をぶちまけた気がする。
もしこれで伝わらないなら、次の手段に出るしかない。勇者パーティを巻き込んで大暴れしてでも、魔王軍を止めなければならないかもしれない。
緊張が張り詰める中、ルナがあどけない声で「ぷぎゅ…」と呟く。
「陛下がそこまで言うなら……どうすればいいの? 敵国がまた陛下を狙ったら……」
「話すんだ。力で攻めるんじゃなくて、どこか接点を探して共同で農作物を作れないかとか、交渉できるだろ。たとえ時間がかかっても、誰かを傷つけるよりずっとマシなんだよ」
視線をめぐらせると、ボルグも無言で槌を下ろし、リリスも手の宝石を隠す。
ケルベロスは三つの頭が申し訳なさそうに伏せている。やっと少しだけ空気が落ち着いた……と思いかけたが、勇者パーティの戦士が小さく笑っているのが見える。
まるで「信じていいのか迷うけど、ちょっとは救われた」みたいな、そんな表情だ。
「……分かった。いったん引いてやるよ、アレン。おまえが本当にこいつらを止めたいと思ってるなら、どう動くか見せてくれ」
「ああ、約束する。これ以上被害を広げないように、俺も必死で止める」
そう応じた矢先、ミミがちょこんと手を挙げて、うさぎ耳を垂らしながら小声でたずねる。
「陛下、でも……これまでに作っちゃった畑はどうするの? もう半分以上の国が『陛下の領地』ってなってるよ?」
「……全部元通りとはいかないだろうな。だけど、そこに住んでた人が戻りたいなら戻れるようにするべきだし、耕すかどうかは本人たちの自由だ。話し合いで決めよう」
魔王軍はみんな戸惑い顔だが、強く反論する者はいない。
今までの俺なら、あいまいな態度で先送りにしていたかもしれないけど、もう限界だ。
破壊と侵略の連鎖が加速するだけなら、世界のどこにも本当のスローライフなんて訪れやしない。
「よし……まずは世界の半分になっている畑について、改めて各国と話し合う場をつくろう。それができなきゃ、これ以上進むわけにはいかない」
「……陛下の命令なら……仕方ないですね」
「そうだよ、仕方なくないと困るんだ」
一同がしぶしぶでも首を縦に振ってくれたのが見える。どうにか直接の衝突は回避できそうだが、心の底でほっとする間もなく、今度は別の不安が押し寄せてくる。
本当に彼らが大人しく交渉してくれるのか、いつまた暴走するか分からない。
勇者パーティとも手を携えられるかどうか、正直危うい。
けれど、ここまでめちゃくちゃになってしまった世界を何とか戻すためには、もう後には引けない。
「……とにかく、半分を越えてるこの農地をどう収拾つけるか。まずは始めよう」
自分に言い聞かせるようにぼそっと呟く。遠くの空は赤く染まりかけている。沈む夕日が広大な畑を照らして、あちこちからは野菜の葉が風になびく音が聞こえる。
見た目だけならのどかそのものだけど、下敷きになった町や追い出された住民を思うと胸が痛む。
「……俺はこの手で全部、ちゃんと元の平和に戻してやるんだ」
誰に向けたのか分からない決意をかみしめながら、仲間と呼べるか分からない魔王軍の面々を振り返る。彼らは戸惑いながらも俺を見つめ返してくる。その中にはわずかな信頼というか、俺に従いたい気持ちも混じっているようだ。
もともと善悪の基準が違うだけで、本質的には“陛下を好きで仕方ない”一族なのだろう。
「……ともかく、ここからが勝負だ。誰だって好きで争いたいわけじゃないはずだ」
小さく息をついて、俺は戦士の剣を見つめる。
あれだって、本来なら“人々を守る”ための武器だったんだ。
俺の鍬も“畑を豊かにする”道具のはず。なのに今や世界を巻き込んだ修羅場の象徴になりつつある。
「陛下、帰りましょうか? 夕飯の準備もしないとですよ!」
ケルベロスが首を傾げて甘えるように声をかけてくる。三つの頭がそろって俺を心配そうに覗いている。心底付き合いにくい連中だけれど、こうやって一途に懐かれると憎めない面もある。
彼らに悪気はなく、ただ“力こそが守る手段”と思っているだけなんだ。
「……ああ、帰ろう。いろいろやることは多いけど、飯くらいは食わなきゃ力も出ないしな」
そうやって歩き出す俺の横には、魔王軍と勇者パーティの戦士が奇妙に並んでいる。
距離はあって視線は険しいが、一応すぐに斬り合いになる雰囲気ではない。こんな状況ですら、ほんの少しだけ救いを感じる。
そよ風が吹き、遠くの畑で育つ作物がざわざわとそよいでいる。世界の半分を覆う緑が美しくも、どこか痛ましい。いつか本当に、ここを自由に歩き回れる日が来るのか。
胸の中にかすかな期待と不安が同居している。
「必ずやるしかないな。俺の本当のスローライフのためにも、みんなの平和のためにも」
鍬を握りしめながら、そう決意を新たにする。世界の半分が農地になってしまったなんて、冗談みたいな大事件だが、そこから巻き返すしか道はない。
せめて残り半分は、もっと穏やかで笑い合える景色に変えられたら……そう願いながら、一歩一歩家路をたどっていく。
今はそれしかないんだ。
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