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第4章 畑のために国が増えてるんだが!?

 あたり一面が妙にカラフルになっている。

 ふと目を凝らすと、畑の向こうに見知らぬ旗や紋章がずらりと並んでいて、まるで祭典でも開かれているみたいな光景だ。だが近づいてみれば、その実態はどうやら“降伏”だの“併合”だのと書かれた看板がズラリと立っているせいらしい。

 俺の名前がでかでかと記されたものもある。しかも「最強の魔王アレン陛下、我が国をよろしくお願いします」とか、完全に俺をトップとして仰いでいるような文面だ。


「誰が“魔王”なんだよ。こういうの、ほんとやめてほしいんだけど」


 ぼやいても仕方ない。俺は畑の隅で土をいじりながら、思わず気が遠くなりそうな看板群を睨む。

 ここ数日、魔王軍が勝手に周辺国へ“出張”し、説得という名目か脅迫まがいの手段か、とにかく色々やらかしている結果らしい。

 たまにリリスやオーク、ケルベロスから「隣国がひれ伏しました」的な報告を受けるたびに、地面にのたうち回りたい気分になる。


「陛下、これでまた畑が増えましたね!」

 ケルベロスが嬉しそうに三つの頭を振りながらこちらに駆け寄ってくる。

 毛並みは相変わらずふわふわだが、その尻尾の一振り一振りが地面を揺らして、大事な野菜の苗がはね飛びそうになる。

 慌てて苗を押さえつつ、俺はため息をつく。


「そもそも、そんなに増やして何がしたいんだ? 俺一人じゃこんな広大な農地を見て回るだけで日が暮れるだろ」

「陛下のお役に立てるなら、それだけで十分意義があります!」

「だから僕は役に立ってもらうどころか、皆が自由に農業できる世の中を目指してるだけなんだが…」


 やっぱり会話が噛み合わない。

 ケルベロスは鼻先で俺の手の甲をぺろりとなめ、さらに声を張り上げる。

「さっきもまた一つ国が降伏を申し出ましたよ。陛下を恐れているというより、どうやら農地に組み込んでほしいみたいです!」

「農地に“組み込んでほしい”って、嘘だろ…? 普通、自国の土地を奪われるなんて嫌がるもんじゃないのか?」

「陛下の領土は平和だから、暮らしやすくなるんじゃないでしょうか?」


 何とも皮肉な話だ。

 実際のところ、魔王軍の暴力的なやり方を見れば皆が恐怖で屈しているだけかもしれない。もしくは、そこまで抗っても勝ち目がないなら、“魔王アレン”のもとに入ってしまったほうがマシ、と考える国もあるのかもしれない。

 気が滅入るが、それは大いにあり得るシナリオだ。


「なあケルベロス……本当にそれでいいと思ってるのか? 農地が増えるのは構わないけど、皆が笑って暮らしてるとは限らないんだぞ」

「陛下が望まないなら、自分から服従する人々を拒むのですか?」

「拒むとか受け入れるとかじゃなくて、俺は普通に日常を守りたいだけなんだ。それを侵略って形で広げるのがどうにも納得いかない…」


 ケルベロスは困ったように三つの頭を下げ、しっぽだけはぴこぴこと動かしている。向こうからはリリスの甘い声が近づいてくる。ツインテールを揺らしながら、いつもの小悪魔的な笑みを浮かべているのが見えた。


「陛下♡ ようやく探しましたよ。ねえ、聞いてください! 今度は西の方角にある公国が“陛下の元で働きたい”って申し出てきたんです♡」

「働きたい…って、単に誘惑魔法で懐柔したんじゃないのか?」

「少しは手を添えましたけど、あっちだって納得のうえですよ? “最強の魔王に支配されたほうが国は安泰だ”って思ったみたいですし♡」

「それ安泰じゃなくて支配って呼ぶんだよ。だから俺はそんな大そうなものを求めてないんだけどな……」


 リリスが背伸びをしながら俺の腕に抱きついてくる。見た目は可愛らしいが、その裏でどれだけの国が彼女の魔法によって落とされてきたのかを思うと、素直に振り払いたい気分にもなる。だが、ここで冷たく突き放すと余計こじれそうだ。


「…最近、この調子でどんどん国が寝返っていってるけど、誰も本当に喜んでるわけじゃない気がするんだよな」

「でも陛下はご自分の農地を守りたいんですよね? だったら世界が全部陛下のものになれば、誰も畑を邪魔しませんよ♡」

「考え方が極端すぎるだろ。そこまでやって手に入れた畑なんて楽しくないし、農業だって息苦しいだけじゃないか」


 リリスはきょとんと目を丸くする。甘え声を出しながら首をかしげてくる姿は人間の少女そのものだが、価値観のズレが何とも大きい。

 彼女だけじゃなく、他の魔王軍の面々も総じて“力こそが正義”の世界観に染まっているから困る。


「ねえリリス、もし無理やり従わせるんじゃなくて、普通に話し合いで協力関係を築けたら最高だと思わないか? たとえば物々交換とか、共同で野菜を育ててお互いに恩恵を得るとかさ」

「んー、あたし、あんまり難しいのは分からないけど……陛下が望むなら“話し合い”とやらをしてもいいんですよ?」

「ほんとか? じゃあさっそく、隣の国に攻め込むんじゃなくて交渉してみよう。まずはちょっとした譲渡や協力を——」

「でも陛下、それだと時間がかかりませんか? 一瞬で城を落としたほうが手っ取り早いですよ♡」

「そういう話じゃないんだよ……!」


 やっぱりダメだ。何度か意見交換を試みるが、会話がどこかズレていく。

 近くのオーク・ボルグは腕組みをしながら聞き耳を立てていたが、やがてうんざりした風に鼻を鳴らす。


「陛下は平和主義なんだな。ま、オレたちにはピンと来ないが……でも領土が大きくなれば、最高の資源や肥料も集まるんだぜ?」

「それは盗んだり焼き払ったりじゃなくて、ふつうに売買したら済む話だろ」

「売買? オレは値切り交渉とか苦手だぜ。力で奪っちまったほうが早くないか?」

「だから、それが争いの原因だって言ってるのに!」


 ボルグはキョトンとした顔を見せる。そもそも彼らにとっては、弱いものから資源を奪うのが当たり前の論理だ。余計な手間もかからないし、結果的に“陛下の畑”が守られるなら文句なし、というわけか。

 俺としては頭の痛い考え方だが、彼らに悪気がないのがまた厄介だ。


「こうなったら、世界中がそろって“魔王アレン”に屈服していくなんて展開だけは止めたいんだけどな」

「陛下、屈服が悪いことなんですか? みんな仲良く畑を分かち合えばいいじゃないですか」

 ケルベロスが無邪気に言うから、俺はげっそりと肩を落とす。

「仲良くっていうのは、対等な関係ってことだろ? 征服して無理やり統一しても、仲良くとは程遠いんだよ。いつ不満が爆発するか分からないし、俺はそんな見せかけの平和じゃ満足できない」


 話しているうちに、一人の騎士風の青年がこちらへ猛ダッシュで駆け寄ってくるのが見えた。

 どうやら先日降伏宣言をした国の使者らしい。鎧もきちんと着ているが、顔色は悪い。いや、完全に怯えている。


「ひっ……陛下! もといアレン様! どうかお助けを!」

「助けるって、いきなりどうした?」

「実は、先ほど…魔王軍の方々がわが国の倉庫に押し入って穀物をすべて持ち去ろうとして……。住民たちが悲鳴を上げています!」

「やっぱりやったのか……」


 頭を抱える俺の後ろで、ボルグが鼻息荒く腕を組んでいる。明らかに犯人はあいつだ。

 ああ、もういい加減やめてくれよ……と叫び出したい気持ちを必死でこらえながら、使者に向き直る。


「すまん。俺が止めきれなくて。すぐに回収された穀物を返させるから、落ち着いてくれ」

「お返しくださるんですか? 本当に?」

「当たり前だろ。こんなむちゃくちゃがまかり通っていいはずがない。俺が責任持って説得するから」


 使者が安堵した表情を浮かべるのを見届けて、俺はオークを強くにらみつける。

「ボルグ、おまえ穀物を持ち帰ったのか?」

「へへ、ちょっと拝借してきただけだ。だって陛下の畑に最高の肥料を撒きたいじゃないか」

「盗みは論外だろ! いいから今すぐ返しに行け」

「えぇっ……仕方ないなあ。陛下がそう言うなら返すけどさ。あの国の守兵もたいしたことなかったし、素直に差し出せば早かったのにな」


 まったく悪びれないボルグの態度に、俺はもうため息を通り越して笑うしかない。

 そりゃあ守兵が弱ければ抵抗できないし、勝てない相手に無理やり物を奪われたら「差し出して」いるように見えるかもしれないが、本質は完全に押し込み強盗だ。


「陛下ー、またお客さんですよ!」

 遠くでゴブリンのミミが、ひょこひょこと白いウサギ耳を揺らしながら叫んでいる。どうやら今度は別の国からの使節が来たらしい。

 細身の青年が小刻みに震えながらこちらを見ている。けれど、その目には期待のような何かも混ざっているように感じる。


「すでに陛下の威光は聞き及んでおります……ぜひ、我が国もご加護をいただきたく……」

「加護っていうか、いらないだろ? 自分の国をちゃんと運営してればいいじゃないか」

「ですが、先日も魔王軍の方々が“協力しないなら焼き払うぞ”と…」

「……泣きそうだ。なんでおまえらそんな極端なんだよ」


 どうやらリリスやケルベロス、あるいはドラゴンのルナあたりが「とっとと同盟を結ぶなり降伏するなりして、陛下に仕えろ」と脅したらしい。相手からすれば脅威そのものだ。

 俺は情けなさで頭を抱える。


「あのさ、頼むから変な真似をやめてもらえないか? 国が増えるって言っても、俺は誰かを支配したいわけじゃない。勝手に俺の名前を出しておどかすの、いい加減やめてくれ」

「えー、でも陛下の力をちらつかせれば、大抵は言うこと聞くでしょ?」

 リリスがケタケタ笑うから、俺はもう心底げんなりする。


 少し離れた場所では、ドラゴンのルナが小さくなった姿でバタバタ飛び回りながら、領地図を見つめている。どうやら“このエリアは畑にしよう”と作戦を練っているようだ。

 勢いに任せて領土を拡大するのはやめろって、何度言えば伝わるのか。


「あの…アレン様、失礼を承知でお聞きしますけど、本当は世界征服なんてしたくないんですよね?」

 先ほどの使節が恐る恐る声をかけてくる。

 見たところ、この人は王族の一員ではなく、低い階級の騎士かもしれない。

 怯えきった顔で俺を仰ぎ見る様子が痛々しい。

「ああ、俺は畑を耕せればそれでいい。ただ、魔王軍が俺を“陛下”と祭り上げてて、どうしても制御できないんだ」

「では、われわれとしてはどうすれば……」

「とりあえず、今すぐ抵抗の意志がないなら手出しされないはずだけど。もし何かされそうになったら、俺に一報入れてくれ。止めてみるから」


 使節は少しだけ目を潤ませる。それがまた悲しい。

 歓迎されてるわけでもないのに、血眼になって俺の顔色をうかがうなんて、誰が望んだ状況でもない。結局は“魔王アレン”なんて肩書が周りに広がりすぎて、一挙手一投足がすべて誤解や恐怖につながってしまう。


「なあリリス、聞いてくれ。こうやって各国が次々と“降伏”してくるの、何か歪だと思わないのか? 本当に皆が喜んで俺の配下になってるのか?」

「うーん、そこまで考えたことなかったかも。だってあたしは陛下が一番大事だし、陛下が困らないようにしてるだけ♡」

「だからその“困らない”ってのが暴走してるんだ。誰も困らせたくないのに、結果的に皆を巻き込んでる」

「……ふーん。ま、難しいことはわからないけど、陛下が嫌がるなら少し控えてもいいですよ?」

「本当か? じゃあ、もう脅しとか誘惑魔法で国を落とすのはやめてくれるのか?」

 リリスが「まあ、極力♡」と曖昧に濁すから、胸の奥がもやもやする。おそらく彼女は本当に“やめる”気はないんだろう。誰かがちょっとでも俺を脅威に感じさせるようなそぶりを見せれば、容赦なく手を出してしまうに違いない。


 そこへ、また別の足音が響く。今度はどうやら勇者パーティの仲間――というより昔の知り合いが、こっちを睨みつけているようだ。先日まで何度も衝突を繰り返したあの面々だ。


「アレン、ちょっと話がある!」

「おまえら、まだ怪我は完治してないんじゃ……」

「そんなことはどうでもいい。おまえが支配下に置いた領土がどんどん増えてるって聞いて、黙ってられなくて来たんだ。事実か?」

「俺が望んだわけじゃないけど、結果的にそうなっちまってる…」


 答えに窮していると、ケルベロスがうなり声を上げて勇者たちを威嚇しそうになる。

 急いで首を撫でてなだめるが、彼らの目には「やっぱり魔王の飼い犬か」と映ってしまうだろう。


「どうしてこんな状況になった? おまえは昔、みんなを守るために戦った“勇者”だったじゃないか」

「俺にだって分からない。気づいたら、こいつらが周辺国を巻き込んで世界が大混乱だ。俺は畑がしたいだけなんだよ、本当に。誰も信じてくれないかもしれないけど、それが全部なんだ」

「信じたい気持ちもあるが、目の前でこんなことが起きていて、どうやって信じろっていうんだ?」


 言葉に詰まる。結局、視界の端ではリリスが「陛下、あいつらの口を封じましょうか♡」と物騒な提案をしているし、ミミは謎の結界を展開する準備をしている。いつまた衝突が起きてもおかしくない危うい空気だ。


「やめろ、彼らは俺の昔の仲間なんだ。無闇に攻撃するな!」

「でも陛下、畑を荒らされたら困るでしょ?」

「荒らすって…ここに来ただけだろうが。いちいち力ずくで排除しなくていい!」


 勇者たちがこちらを睨んでいるのは明白だが、それでも俺は踏ん張る。

 目の前でまた争いが起きて、尊い作物も人の命も失われていくなんて最悪だ。

 歯を食いしばりながら、どちらにも攻撃をやめろと叫ぶしかないのがもどかしい。


「どうしようもなくなったら、俺自身が止めるしかないのか……」


 心の中でそんな弱音がちらつくが、現状で俺が本気を出せば村ごと吹き飛んでしまう危険すらある。

 何度か勇者時代のスキルを思い出してはみたが、その力で魔王軍を押さえ込めば、今度こそ“魔王VS勇者”の最終決戦みたいな構図になってしまうだろう。それも真っ当な方法とは思えない。


「こんなの、本当にどうすりゃいいんだ……」

 呟く声が情けなく空に溶けていく。

 畑を眺めれば、見知らぬ紋章や国旗がまた増えている気がする。国々が競うように俺のもとに“帰属”しているのが実情なのだろう。このままあと何日もすれば、あちこちで似たような看板を立てた人々が押し寄せ、最終的に大陸全土が“アレン領”と呼ばれてしまう日が来るかもしれない。


「陛下、よかったですね。これで世界がまとまります!」

 ケルベロスが満面の笑みでそう言うたびに、胸が締め付けられる。世界中が一人の支配下に入る――それだけ聞けば一見平和になるように思えるかもしれないが、そんなものはただの押しつけだし、いつか必ずひずみが生まれる。


「ああ、違うんだ…俺が求めるのはこんな形じゃないんだよ」


 心の声は届かない。視線を上げると、ルナが空から降りてきて「ぷぎゅ♡ 陛下の畑、今日も増やしておいたよ!」と報告してくれる。彼女も純粋な善意のつもりなのだろうけど、それがどれだけ周囲の国を苦しめているかと思うと気が重い。

 俺がうまく説明できないせいだろうが、いっそ無理やり魔法封印でもしてやりたい気分になる。


「こうなったら、徹底的に話し合うしかないのか。魔王軍とも、周辺国とも、勇者パーティとも」


 だけどどこから手を付ければいい? 魔王軍はいうことを聞かないし、周辺国は俺を恐れている。勇者パーティは俺を“闇堕ちした仲間”と見なしてしまっている。

 こんな最悪の三すくみ状態、どうにか打開しなければならない。


「くそっ……こんな余計な騒ぎ、いったい誰が得するんだよ」


 激しく地面を踏みしめると、鍬の柄が震える。せっかく整えた土も少し乱れてしまう。

 自慢の畑が絶えず揺さぶられるのは、本当に胸が痛い。昔はこじんまりとした一枚の畑で、毎日野菜の成長をのんびり確かめるだけで幸せだったのに。今じゃあちこちの国を巻き込んだ大騒ぎだ。冗談にもほどがある。


「あの…すみません、先ほどの使者です」

 さっきの騎士が恐る恐る声をかけてくる。表情には不安が混じっているが、どこか縋るような期待も見える。どうやら“一瞬で城を落とす怪物”よりは俺のほうが話しやすいと思ってくれているらしい。


「おまえさんの国にも何か被害が出てるのか?」

「実は、穀物以外にも領内の施設が“陛下のために”と勝手に壊されてしまって……。復旧作業に力を貸していただけないでしょうか?」

「俺だって修理の心得はほとんどないが、少なくとも魔王軍が壊したなら、そいつらに責任を取らせるしかない。ちゃんと俺も一緒に行って交渉するよ。何とかしてすべて元に戻したいんだ」


 使者は「ありがとうございます!」と深くお辞儀をする。その言葉の裏には「頼むからこれ以上壊さないでくれ」という切実な願いが透けて見える。

 どうにか俺が立ち回るしかないのは分かっているが、魔王軍相手にどこまで交渉が通じるか、正直まったく自信がない。


「でも、やらなきゃ始まらないか。よし、行くぞ。ボルグ、リリス、今すぐ同行しろ。勝手に壊したものはちゃんと直すんだぞ」

「えー、でも陛下、それなりに費用もかかるし、それなら新しい畑に——」

「黙れ! いいから行くんだ! このままじゃ本当に取り返しのつかないことになる」


 睨みつけたら、二人とも渋々と頷いてくれる。ケルベロスも「陛下の望みなら」と三つ首を揺らしながら後に続く。あとの連中も気になるが、まずは手の届く範囲からでも何とかしなくちゃいけない。


「頼むよ、本当に。皆が暮らしてる土地をぐちゃぐちゃにするなんて、絶対に間違ってるんだから」

「はいはい、陛下がそこまで言うなら、復旧とやらに付き合いますよ♡」

 リリスが退屈そうにあくびを漏らし、ボルグは首をぼきぼき鳴らしながら「じゃあ、とっとと片付けちまうか」と肩を回している。頼むから余計なことはしないでくれ。


 俺は土の匂いを胸いっぱいに吸い込んでから、意を決して足を踏み出す。畑仕事は大好きだが、今はそれすらままならない状況だ。

 気がつけば、限りなく広がった農地に加えて「魔王アレン万歳!」なんて垂れ幕が風になびいているのが見える。何だか虚しい。いつになったら俺は本当のスローライフを送れるんだろう。


「……そうは言っても、泣き言ばっか言ってられないよな」


 覚悟を固めて、騎士たちと並びながら歩き出す。畑のためだという理由で強引に増やされていく国々をなんとか救いたい。このまま突き進めば、世界すべてが“陛下の領地”になるのは時間の問題だろう。

 それを食い止めるにはどうすればいいか、まだ答えは見えない。

 でも立ち止まるよりはマシだと思いたい。


 背後では、ケルベロスが「陛下、お腹が空いたんじゃありませんか?」と尋ね、リリスが「途中で可愛い村娘でも誘惑してみようかしら♡」と軽口をたたき、ボルグが「肥料の追加も頼むぜ!」と豪快に笑っている。

 全部止めたい衝動をぐっとこらえ、俺は彼らを振り返らないまま先を急ぐ。


 どうしてこうなった——と何度も思いつつ、もし俺が本当にこの道を切り開くなら、少なくとも責任は持たなきゃいけない。農地を広げてるだけじゃ終わらない、もっと根本的に“皆が平和に畑を耕す”ための方法を見つけるんだ。

 魔王軍を抑え、周辺国を守る。それが俺のやるべきことだろう。数えきれないほど矛盾だらけの状況だけど、退くわけにはいかない。


 スローライフを守るため、ただの農民志望……いや、“新たな魔王”と呼ばれようが呼ばれまいが、やるしかないから。


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