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第1章 俺はスローライフしたいだけなんだ


 俺はアレン。かつて“勇者”なんて呼ばれていたこともあるけど、その肩書はもう捨てている。

 今の俺はただの農民志望だ。だって、王宮であれこれ頼まれるのも、国中から英雄扱いされるのもウンザリだろ? 平和になったこの世界で、のんびり畑を耕して暮らしたっていいじゃないか。 


「あー、今日も空気がうまいなぁ」


 緩やかな日差しが畑に降り注ぎ、干し草の香りが鼻をくすぐる。これこそ俺が求めていたスローライフそのものだ。土の感触を指先で確かめながら、ゆっくりと鍬を振り下ろしていく。

 体中がホコリまみれだが、汗と土の混ざったにおいは嫌いじゃない。むしろ心地いい。もみ殻や石灰を混ぜた肥えた土を踏みしめるたびに、かつての旅や戦闘なんかよりもよっぽど達成感を感じるんだ。


「よし、あとは苗を植えるだけだな」


 ため息をつくように息を吐きながら腰を伸ばす。朝から畑を耕していたせいで、背中がバキバキだ。でもこのちょっとした疲労が堪らなくいいんだよな。腰をひねってコキコキ鳴らしていると、村の人たちが通りすがりに笑顔で手を振ってくれる。 


「アレンさーん、今日も畑日和ですね」

「そうだな、こんなに晴れてると野菜も喜ぶだろ」


 皆と顔見知りになれるなんて、王都にいたころは想像もしなかった。大臣や貴族と毎日顔を合わせるより、こっちのほうがよっぽど性に合っている。

 のんびり挨拶を交わしたあと、農具小屋に戻って腰掛ける。もっと早くこうしていればよかったのにな、なんて思う。


「俺は明日も明後日も、戦いなんかより畑仕事で人生を満喫してやる…!」


 力を込めてそうつぶやいた直後、遠くから地鳴りのような音がした。

 何か大きな生き物が、ドスンドスンと駆けてくるような振動。

 気のせいだと思いたいが、すぐにそれが気のせいではないとわかる。畑の向こうから、恐ろしいほど巨大な…いや、やけにフサフサした何かがこちらに突進してくるのが見えたからだ。


「なんだ……あれは……犬?」


 いや、犬にしては頭が多い。しかも黒くてフッサフサで…やたらと愛らしい目をしているが、どう考えても大きさがおかしい。怪物かと思って身構えるが、そいつは猛スピードで畑に突っ込んでくると、土煙を上げてブレーキをかけた。 


「くぅん…ワン!」


 そいつが三つの頭を左右に振ると、ふわりと風が巻き起こって、俺の顔に土と毛が思いっきり飛び散る。咳き込みながら目を見開くと、犬…いや、伝説の魔獣・ケルベロスじゃないか?

  なぜこんな辺境の村に。


「……あんた、どうしてここにいるんだ? まさか迷い犬ってわけでもないだろ?」


 俺が警戒して声をかけると、三つ首のうち真ん中の頭が俺をじっと見つめる。

 そして、なぜか涙ぐんでいるように見えるのは気のせいじゃない。 


「……陛下…」

「は?」


 どう考えてもおかしい。誰を“陛下”と呼んでいるんだ?

 俺はただの農民…いや、元勇者でしかない。それを“陛下”なんて呼ぶやつがいるはずがない。


「やっとお目覚めになられたのですね! ずっとお待ちしておりました、魔王様!」


 三つ首が同時にワンワンと鳴き声を上げながら、尻尾をブンブン振っている。しっぽから飛んだ泥が顔面にぶち当たって、俺は目をぱちくりさせるしかない。

 魔王? どこのことを言ってるんだ。


「待て待て、落ち着け。俺はアレン、ただの農作業好きだ。魔王なんて人違いだろうが」

「いいえ、間違いありません! 陛下が眠りから目覚めて、この村で畑仕事をしていると聞きつけましたので!」


 一体どこでそんなデマが流れたんだ? そしてこのケルベロス、身体だけで家一軒分くらいはありそうなくせに、妙に柔らかい毛並みがやけに愛らしい。が、同時に口からは火花のようなものが見えるし、よだれが地面に落ちるたびジュッという音を立てている。

 とんでもない化物に違いないが、それを上回るくらいの人懐っこさを感じる。

 というか、完全にこちらに甘えてくる気満々じゃないか。


「いや、だから俺は魔王じゃなくて、野菜作りを楽しみたいだけなんだ。おまえさん、名前は?」

「ケルベロスです! 三つ頭それぞれに個性があるのですが、呼ぶときはまとめて『ケルベロス』で構いません!」


 なんか普通に自己紹介が始まってしまった。俺が困惑していると、ケルベロスの首がもふもふと擦り寄ってきて、俺の膝の上に頭を載せようとする。でも大きすぎて重い。

 潰れてしまうと思い、とっさにのけぞると、彼はしょんぼりと鼻先を下げた。


「……陛下、撫でていただけないでしょうか。ずっとお会いしたかったのです」

「撫でろと言われても……よしよし、こうか?」


 ごわごわの黒毛かと思いきや、意外にも柔らかい。

 指を沈ませると、ケルベロスが嬉しそうに尾を振るから、俺は少しだけ安心する。しかし、気が抜けないのも事実だ。もし怒らせてしまったら、村が一瞬で火の海になりかねないからな。


「とりあえず説明してくれないか? どうして俺を“陛下”なんて呼ぶんだ」

「あなたが本当の魔王だからです!」


 即答された。畑仕事する元勇者が“本当の魔王”って何だよ。まさか昔倒したはずの魔王と俺を取り違えているんじゃないか…?

 不安になっていると、畑の奥からさらに大きな気配が続々と近づいてくる。 


「えへへ♡ 見つけました、陛下♡」

「ぷぎゅ♡ 陛下、待っててください!」


 まず目に飛び込んできたのは、小柄でやたら肌の露出が高い女の子。

 それに、白銀のうろこを持ちながらぬいぐるみサイズのドラゴン。

 さらには、巨体でブタ耳のオークとウサギ耳のゴブリンまで。

 見た目は可愛いような狂暴そうなような…どのみち普通じゃない連中だらけだ。


「ねえアレン様、じゃなくて陛下♡ この畑で一緒に暮らすんですよね?」

「あ、ああ。暮らすも何も、ここは俺の住処だけど…」


 俺が言葉を濁すと、ツインテールの少女(多分サキュバス)が嬉しそうに拍手をする。しかも見た目は十六歳くらいだが、どう見てもふつうの人間じゃない。小悪魔的なキラキラした笑顔を浮かべて、俺にグイっと抱きついてくるから余計に落ち着かない。


「またわけのわからない話が始まりそうだな…」

「ねえ陛下、畑を守るために、まずはあの山の向こうにある国を攻めましょう!」

「……は?」


 首をひねっていると、遠くの空に何やら大きな影が飛ぶのが見える。

 銀色の鱗が光を反射していて、さっきまで俺の足元にいたはずのドラゴンがいきなり成長し、空を駆けているじゃないか!


「ぷぎゅ♡ 陛下の大事な畑、傷つけるやつは許さないよー!」


 ドラゴンが上空でニコニコしながらブレスのエネルギーを溜めているように見える。

 嫌な予感しかしない。あんなものが放たれたら、隣の国どころかこの村だって巻き込まれかねない。


「おい、やめてくれ!! 俺は戦いたくなんかないんだ!!」

「大丈夫です、陛下! これで敵国を焼き払えば、この畑は安全ですよ!」


 それはぜんぜん大丈夫じゃない。あまりに呑気な返事に、俺は頭を抱えたくなる。

 ところが、さらに追い打ちをかけるように、オークがごつい腕を天に突き上げて雄叫びを上げる。


「陛下の畑には最高級の肥料が必要だ! 隣国の穀倉を奪いにいこうぜ!」

「余計なことしないでくれ! それ犯罪だぞ! っていうか完全に侵略行為じゃないか!」


 焦って叫んでも、彼らは耳を貸さない。

 小柄なゴブリンの少女がピョンピョン跳ねながら、嬉々として真顔でとんでもないことを言い出す。


「畑を広くすれば、もっと野菜が作れるよね? じゃあ、そこら中の土地を畑にしちゃえばいいんだよ!」

「……おい、まさか本当にやる気か?」


 ゴブリンが杖を振ると、畑を囲むかのように小さな光の壁が広がっていく。まるで結界だ。

 村人たちも遠巻きに驚いた顔で見ているが、幸いにも彼らへの危害はなさそうだ。

 だが、こんな強力な魔法があちこちで暴発でもしたら、村の作物どころか人々の生活も台無しになる。俺は急いで止めにかかる。


「おい、待て! 勝手に結界なんか張るな! 村まで巻き込む気かよ!」

「大丈夫だよ、ここは陛下の“本拠地”だから大切にするに決まってるでしょ?」


 まるで悪気がない。それどころか純粋な目で「畑を守る=世界征服」くらいのノリになっているようだ。最初は悪夢でも見ているのかと思ったけど、どうやら現実らしい。

 俺は額の汗を拭いながら深く息をついた。


「あのさ、いいかげん誰か説明してくれないか? なぜ俺が“魔王”なんだ? 俺はかつて魔王を倒した“元勇者”だぞ?」

「我らが旧魔王があなたに敗北したことこそが、真の強者を示す証拠なのです! つまり、あなたこそ正統なる魔王であり……陛下なんですよ!」


 ケルベロスが嬉しそうに三つ首を振りながら吠えた。

 何だその理屈…。 魔王を倒したからこそ、新たな魔王だと認識されるって。

 全然納得いかないが、どうやら魔王軍の連中は本気でそう思い込んでいるらしい。


「そこまで言っても、俺は農作業がしたいだけだ。戦いなんてこりごりなんだよ。わかってくれないか?」

「もちろんです、陛下! あなたは戦わなくていいんです。我々が代わりに敵を全部駆逐します!」 「いやいや、それが嫌なんだってば!」


 彼らにとっては「陛下が剣を振るわない=平和を願っている」イコール「我らが代わりに暴れて安全を確保する」と思っているらしい。

 すでに会話がかみ合わない。

 勢いに圧倒されているうちに、さらに事態は悪化していく。


「アレン、やはり貴様が裏で糸を引いていたのか!」


 突然の声に顔を上げると、見覚えのある戦士たちが畑の向こう側に立っていた。

 かつて一緒に旅をした仲間たち――勇者パーティの面々だ。彼らの視線は険しく、まるで俺を討ち取るかのごとく剣を構えている。


「ちょ、ちょっと待てって! 誤解だ、俺は魔王なんかじゃない。むしろこいつらを止めようとしてるんだ!」

「止める? ふざけるな、こんな大群を率いて隣国を焼き払おうとしてるくせに!」

「俺はやりたくもないのに、勝手に…!」


 言い訳の途中で、ケルベロスが三つ頭を吠えさせて牽制した。


「陛下を侮辱するな! 陛下に歯向かうならば焼き尽くすのみ!」

「違うってば! 落ち着け、ケルベロス!」


 俺が慌てて彼の背中にしがみつくも、彼の熱気が増しているのが手に取るように分かる。首元から火炎の気配がメラメラと漂っている。あいつのブレスは国一つ壊滅させる威力があると噂に聞いたことがある。

 冗談じゃない、村を火の海にする気か…!


「やめろ! 彼らは俺の仲間だったんだ、殺し合うなんて絶対にしたくないんだよ!」

「陛下、仲間? そんな連中があなたを裏切るはずがありませんが、もし危害を加えるつもりなら——」 「だから危害じゃないって言ってるだろ!」


 声を荒げても、相手は人間じゃなく巨大な魔獣。すぐには止まらない。

 すると、サキュバスの少女がひょこっと飛び出してきて、色っぽい声を上げながらクスクス笑う。


「大丈夫ですよ、陛下。あたしが魅了魔法をかければ、あんな勇者パーティ、簡単に手懐けられます♡」 「やめてくれ、そんなことをしても誤解が解けるどころか、さらにこじれるだろ!」


 必死の訴えも空しく、リリスと名乗ったサキュバスは軽々と跳躍して、勇者たちの前に降り立つ。彼女が可憐な仕草で手を振りかざすと、一瞬できらめくような魔力の波が周囲を包む。 


「くっ……目が……」

「耳をふさげ、誘惑魔法だ!」


 元仲間が警戒の声を上げるが、サキュバスの魔力はかなり強力らしい。ばたばたと膝をつく音が聞こえる。しっかりしてくれ、みんな。

 俺は頭を抱えて焦りまくる。


「ははは…もう勘弁してくれよ」


 俺がそう漏らした瞬間、空から一筋の閃光が走る。見ると、ぬいぐるみサイズだったドラゴンがずいぶん大きくなって、悠々と空を舞っている。

 その口から膨大なエネルギーが集まっていくのが視界の端に映る。ここでブレスなんか撃たれたら、この畑ごと吹っ飛んでしまうんじゃないかと冷や汗が出る。


「陛下の邪魔をするなら、焼いてしまうね♡」

「誰も邪魔してないからやめてくれぇぇぇ!」


 俺の声はむなしく空に溶けていき、ドカンと轟音が鳴り響く。畑の外れにある草原が一瞬で焦土に変わった。まじかよ、ドラゴンの攻撃力、想像以上だ。

 あわや村が火の海になるかと震えるが、どうにかギリギリ手加減していたらしく、村の建物までは届かないように調整したみたいだ。しかし煙がもうもうと上がっていて、空気が熱で揺らいでいる。


「すごい威力だな、嬉しくないけど…」


 そんな状況でも魔王軍たちはピョンピョンはしゃいでいるし、勇者パーティは翻弄されまくり。

 村の人々は悲鳴を上げて逃げ惑う…というより、半分呆然としている。

 俺は頭の中がぐるぐるして、思わず膝に手をついてしまう。


「待てって、誰も戦ってほしいなんて言ってない…! 俺はただ、畑を耕したかっただけなんだ」


 大声で叫んでも風にかき消される。むしろ魔王軍は「陛下の高らかな号令だ!」と都合よく解釈してしまい、さらにテンションを上げているように見える。

 本当にどうしようもない。

 ここで全力の勇者スキルを解放すれば彼らを止められるかもしれないが、そんなことをすればこの村がまた別の形で滅茶苦茶になるかもしれない。 


「だからって放置すれば、このまま隣国まで焼いちゃいそうだしな…」


 まったく絶望的だ。なぜこんなことに。

 そんな俺の気持ちをあざ笑うかのように、サキュバスのリリスが妖艶な瞳をこちらに向ける。


「これで世界は陛下のものになりますね♡」

「いらんよ世界なんて! 世界より畑のほうが大事だし、俺は野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなんだ!」


 苛立ちを抑えきれず、思い切り叫ぶ。

 すると、彼女は可愛らしく首をかしげて唇を尖らせる。


「遠慮なさらなくていいんですよ♡ 陛下は世界を手に入れるだけの力があるんですから」

「勝手に押し付けるなよ! 俺はそもそも――」


 言いかけたところで、ケルベロスがワンワン吠えながらどこかを指し示す。村の外れから大勢の人影が見える。どうやら勇者時代の仲間が追加の討伐隊を呼び寄せたらしく、騎士団がこちらへ突撃してくるのが見えた。

 もう勘弁してくれ。


「あいつら、本当に俺が裏で糸を引いてるって思ってるのか」


 怒りというより、情けなさや虚無感が湧いてくる。俺が剣を抜く意思を見せれば、余計に“魔王”だと誤解されそうだ。かといってこの連中をほうっておけば、一瞬で騎士団が一蹴されるのは明白だ。

 どっちみち最悪の結果になりそうで、頭が痛い。


「陛下! 畑を荒らす敵が来ましたよ!」

「だから、荒らしてなんかない! やめろって!」


 ケルベロスは三つの口から火炎、氷結、雷撃を同時に吐き出そうとしている。

 閃光がほとばしり、空気がビリビリと震える。眼前には怯えた表情を浮かべた騎士たちの姿がある。

 俺は彼らを守るために思わず叫んでしまう。


「やめろー! そんなことしなくても、畑は俺が守る!」


 だけど、ケルベロスにしてみれば「陛下が自ら戦う必要はない」という思いがあるのだろう。すぐに攻撃体勢を解こうとしない。むしろ「陛下を危険にさらすわけにはいかない」とでも言いたげに目をぎらつかせている。


「はあ…どうしてこうなったんだよ。俺は野菜を育てていただけなのに…」


 絶望というより脱力。地面に落ちた鍬の柄がカタリと転がっていく。

 遠くではドラゴンが嬉々として再度ブレスを構えているし、サキュバスは敵国の王子を誘惑して寝返らせる準備ができているみたいだ。 


「まさか初日にこんな大騒動になるなんて、聞いてないぞ…」


 俺は村の外れの騎士団と、目の前の魔王軍を交互に見回す。

 そこでふと見上げた空は雲一つなく晴れ渡り、やけに平和そうだ。騎士たちの叫び声と魔王軍の吠え声、そして村人たちの悲鳴が混在している場面とは似つかわしくないくらいに。


「…まったく、これからどうなるんだ」


 そう呟いたところで、ケルベロスが尻尾を大きく振り回し、ゴゴゴゴと大地を震わせる。そして三つ首がそろって甲高い声で吠えた。


「陛下に牙をむく輩は、すべて焼き尽くすのみだ!」


 やめてくれ。本当にやめてくれ。これじゃあ平穏なスローライフどころか、世界規模の混乱に巻き込まれる未来しか見えない。

 俺は思わず天を仰ぐ。

 乾いた笑いが口からこぼれ落ちた。畑作りだけの生活がこんなにも遠いなんて、誰が想像しただろう。 


「お願いだから落ち着いてくれ……俺は畑を耕したいだけなんだ、魔王なんて大それた役目、引き受ける気なんてないんだから!」


 そう声を張り上げても、ケルベロスやサキュバス、ドラゴンやオーク、ゴブリンたちは「何を言っているんだ」という顔でこちらを見つめる。彼らにとっては俺こそが“魔王陛下”らしい。

 そのうえ、かつての仲間たちは俺を討伐対象と誤解している。 


「いや、でもここでくじけるわけにはいかない」


 わずかに胸に灯った負けん気を鼓舞して、ちらりと鍬に目をやる。

 こうなったら徹底的に話し合うなり何なり、誤解を解くしか方法はない。それをしなきゃ、この畑が永久に戦場になってしまうかもしれない。

 いくら最強の魔王軍(?)が味方だとしても、俺の望みは戦いじゃない。


「くそ、せっかくのスローライフに土足で踏み込まれた以上、こうなったら徹底的に止めるしかない。皆まで勝手に焼かれちゃあ、俺の大事な農地が台無しだ」


 鎧なんか着ていないし、装備は鍬だけだけど、俺は地を踏みしめて立ち上がる。

 自分でも驚くほど強気な声が出る。勇者時代に鍛えた身体が、イヤでも本能を思い出させるのかもしれない。


「おまえら、耳をかっぽじってよく聞け! 俺は“魔王”なんかじゃないが、畑を荒らすやつは許さない。だからといって、勝手に隣国を攻めるのも止めろ。ここを地獄絵図にさせる気はないんだ!」


 魔王軍の連中も、元仲間の勇者たちも、一瞬息を呑むようにこちらを見る。その隙に、俺は鍬を片手に堂々と宣言する。


「畑を耕す俺の平和を邪魔するな――ってことだよ!」


 そう言い放った瞬間、なぜか魔王軍が「さすが陛下!」と感激したように叫び、勇者パーティは「やはり…おまえが黒幕なのか?」と警戒を強める。

 もはや修羅場なんだが、俺はどうにか折れずに踏ん張る。


「ちがうちがう、そんなんじゃなくて……!」


 やりたいのは静かな農作業。だけどこれだけは言っておく。大事な野菜の育ちを邪魔する連中がいるなら、俺は鍬でもクワでも容赦なく叩き切ってやる。それが、俺のスローライフを守るための唯一の方法――いや、他にいい手があるなら考えたい。

 でも今はとにかく、この混乱を食い止めることが先決だ。俺は胸の奥で小さく息を吸い込む。 


「…よし、覚悟決めよう」


 相変わらず空は晴れわたり、どこまでも青い。ここに集まった人間も魔族も、それなりに信念を抱えている。俺はそれを踏まえつつ、鍬をぎゅっと握る。

 次こそ本当に、落ち着いて話をするんだ。 


 だけど、このスローライフがこんな出だしになるなんて、誰が想像できた? 

 世界が勘違いで動いてるのか、俺が変な巻き込まれ方をしてるのかは知らないけど、一つだけ言えることがある。


「こんな大混乱、誰が収拾つけるってんだ……」


 土埃と炎の熱気と、ケルベロスの尻尾で巻き上がる轟音。さらにサキュバスの甘い囁きが入り混じり、勇者たちの怒号まで響いている。俺が望んだのは、たったひとつの平和な畑仕事。なのに、気づけば“新たな魔王”と恐れられるかのように扱われ、世界規模でメチャクチャになりかけている。

 深く息を吐いてから、俺は思い切り拳を握りしめた。


「…ま、やれるだけやるしかないか」


 そうつぶやいて、頭の上で炸裂する火花と魔力を睨む。俺にとって大切な畑とこの村を、誰にも壊させるものか。スローライフへの道は険しいが、俺は絶対に諦めない。会話が通じる可能性が少しでもあるなら、どんな化け物たち相手でも食い下がってみせる。

 だって畑こそが俺の宝物なんだから。


「――そう、野菜を作って平和に暮らすんだ。それが俺の唯一の願いなんだよ」


 俺は再び鍬を握り直し、大きく振りかざす。畑を荒らす連中は全員まとめて止めてやるし、俺を“魔王”なんていう妙な思い込みも叩き直してやる。今こそ本当に“平和”を守るため、元勇者としての実力を振るう時が来たのかもしれない。 


 だけど心の中では叫び続ける。 


 ――お願いだから、俺の本当の望みを分かってくれ。 


 会話のざわめきと炎のような熱気が渦巻く中、俺は決意も新たに、泥にまみれたブーツで大地をしっかり踏み締める。 


「野菜を作りたいだけで世界征服になるなんて、勘弁してくれよな……」


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