Ep4 REAL INTENTION
◇胸の奥の決意◇
「えー!」
私の声を聞いた烏間さんは、これまで聞いたことのないくらいの大声で叫び、動かなくなってしまった。
「だ、大丈夫?」
私が心配して烏間さんに声を掛けると、彼女はそれを踏み台に、さらにガンギマりモードへと突入して行った。
「大丈夫じゃないよ!だってあの"FLYING FLAME"だよ!現代じゃロックは流行らないという逆風の中、あえてそれで勝負して大成功を収めたあの"FLYING FLAME"だよ!こんなの興奮しないわけないでしょ」
彼女のマシンガントークは、もはや聞き取ることすらもできない部類になってしまっている。
まあ無理もないか。
私のお兄ちゃん、京田拳人のバンドは今や、日本やアメリカで知らない人は居ないほどの人気さ。
さらに、最近ではアニソンやドラマの主題歌、ミュージック番組からも引っ張りだこの超大物だからね。
お兄ちゃんたちのおかげで、ロックが再評価されたため、その手の業界からは、"ロック業界の開拓者"とも言われているくらいだ。
「そ、それじゃあこの部屋にあるギターは、あの拳人様のギターってこと?…触ってみてもいいかな?」
「やめといたほうが良いと思うよ」
「そ、そうだよね…」
流石にやばいタイプのオタクになる前に(現時点でもかなりやばいオタクだが)、彼女の行動に待ったをかける。
「お兄ちゃんは誰よりも商売道具を大切にしてたからね。『自分が雑に扱うと、ファンの人も僕を見る目が雑になる』っていつも言ってた」
「そうなんだ…。私もある程度物は大切にしてるけど、そこまで深く考えたことはなかったかも…」
烏間さんは感慨深そうにそう言う。
まあ正直お兄ちゃんのものへの執着は常人離れしている。
喉は大切な商売道具だからって、24時間加湿器かけっぱなしで電気代がとんでもないことになったこともあったし。
そんな事を考えていると、烏間さんの興味はお兄ちゃんから私に移った。
「でもさあ、こんなにお兄さんが凄くてロックが好きなのに、何で京田さんはバンドを始めようとしなかったの?」
彼女の疑問が私の胸に突き刺さる…。
「さっきも言ったけど、私は小さい頃から病弱だったからやる時間なんてないよ。それに私は、"皆が全力でバンドをしている姿"を見れればそれで良いんだよ」
私はなんとか気を持ち、言葉を振り絞った。
そう、これでいいんだ…。
私は好きに生きることはできないんだから…。
前までだってそうだ。
興味を持ったものも、結局自分から離れることになる。
そんな悲しい気持ちになるくらいなら私は…。
「京田さん、私は今あなたに過去の話を聞いた。だから質問を変える。」
そう言うと彼女は、一つ息を置いてから力強くこう言った。
「じゃあ今京田さんは"何がしたい"の?」
「え…?」
予想していなかった言葉に、私は一瞬にして固まってしまう。
「京田さんは今まで色々諦めてきたかもしれない。でもそれって、"どうせ無理だよ"っていう決めつけをいつもし続けちゃってるだけじゃないのかな?」
「そんなことない!私は何にもならないほうが幸せで、誰かに足並みを揃えれるだけで満足してるよ」
私はこれまで出したこともないような大きな声で、彼女に反論する。
しかし私は、次の彼女の一言に言葉を失ってしまった。
「そう。それなら一つ聞くけど、何で京田さんは今、"幸せなのに泣いてる"の?」
「えっ…?」
私、泣いてるの…?
にわかに信じがたいが、顔に手をやると、涙としか考えられない潤いが感じられる。
「なんで私…、泣いてるんだろう…?」
「そんなこと簡単でしょ。京田さんは好きなことを好きな風にやって生きることを、抑圧してきた。でも心は正直だったってことだよ」
「これが…、私の本心…」
私は手についた涙を見つめる。
指はびっしょり濡れ、部屋の電気に反射し、テカテカ光っている。
それを見て私は思い出してしまった。
幼稚園児の頃、一度だけ見ることができた"FLYING FLAME"の路上ライブ。
当時お兄ちゃんは高校生であったが、私はそのライブを見て、思ってしまったんだ。
かっこいい…。私もロックバンドがやりたい…。
その気持ちが今、高校生になった私の体に、今流れ込んでくる。
一度は諦め、見て見ぬふりをしたあの夢が…。
その気持ちを自覚した私は、何も考えずに烏間さんに自分の思いを叫んでいた。
「烏間さん、私本当はロックバンドがやりたい!そしてお兄ちゃんみたいにライブがやってみたいの!」
その叫びを受けた彼女は、ニヤリと笑った。
「やっと本音を言ってくれたね。いいじゃん目指してみようよ!その叫びを現実にする、ロックバンドを!」
烏間さんの叫びを聞いた私は、さらに涙が溢れて、膝から崩れ落ちてしまった。
「ゔん、ゔん…!」
そして私は何度も何度も泣いて頷き、彼女と抱きしめあった。