Ep2 感情のFLAME
◇ロック好きの烏間さん◇
それから私たちは共に帰路を歩いて、自宅へと来ていた。
「ただいまー!」
私は玄関の扉を勢いよく開けた。
「おかえりー…、あれ?もうお友達連れてきたの?」
私を出迎えた母は、隣にいる烏間さんを見て驚いた顔でそう言った。
すると烏間さんは、緊張しながら軽く自分の自己紹介をした。
「叫歌さんの友達の烏間雅です。よ、よろしくお願いしますっ!」
「ええ、よろしくね」
母はぎこちない彼女を見て、微笑みながらそう返した。
「それじゃあ私の部屋行こっか」
「う、うん」
私は緊張して固まってしまっている烏間さんの手を引き、部屋まで連れて行った。
ガチャッ
私が勢いよく扉を開くと、部屋の中を見た烏間さんは、
「うわぁ…」
という声を上げた。
まあそういう反応が返ってくることはある程度想像していた。
だって私の部屋にはベッドと机しかなく、まるで現役女子高生の有様だからね。
「ごめんねぇ〜。私子供の頃から病弱で入院して家にいない日のほうが長かったから…」
私が呟くようにそう言うと、烏間さんは、
「全然大丈夫だよ。私の部屋だって楽器とかポスターしか貼ってないからね」
と、すぐにサポートを入れてくれる。
やや気まずい雰囲気になってしまった。
その空気の重さに私は焦り、すぐに本題に入ることにした。
「まあ私の部屋はどうでもよくて!本当に用があるのは私の部屋じゃくて、"隣の部屋"なんだ!」
「隣の部屋?」
烏間さんは不思議そうに首を傾げる。
そんな彼女を置き去りに、私は部屋を後にして、ゆっくりと"隣の部屋"の扉に手を掛けた。
するとそこには、一面にロックバンドのポスターが貼ってあり、壁には多くのギターが立て掛けられた、いわゆる"Theバンドマン"の部屋が広がっていた。
私自身もこの部屋に入るのは幼稚園児ぶりだ。
「ここが私がロックが好きな理由。お兄ちゃんがロックが好きだから私も好き、それだけだよ」
そういうと部屋に呆気を取られた彼女は、少し間を開けて、早口言葉のようにあることをつぶやきだした。
「あのギター年代物っぽいな、いつ頃のやつなんだろう…。それにあのギターは、一般販売されてない特別モデルのやつだよね…」
「あのぉ〜…、烏間さん?」
私はまるで何かに憑依されたかのように、目がキマってしまっている彼女に声を掛ける。
「それにあのポスターって、"KILLING KILLER"の奴だ!もう解散してるはずなのに…」
しかしこの部屋の虜になった少女には、もはや聞く耳という概念は消え去ってしまったらしい。
「それにあれって、あとあれも…!(以下略)」
もはやこれは壊れた機械だな…。
そっとしておこう…。
私はそう思い、彼女を放置したが、これが悪手であったことは言うまでもない。
◇1時間後◇
「いやー、まさかこんなに揃ってるなんて、京田さんのお兄さんって凄いロック好きだね!」
「う、うん…。そうだねぇ〜」
「あれ?何かに元気なさそうだけど大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫…」
まさか一時間も自分の世界に入り続けるとは思わなかった…。
途中で私が介入しようと肩を叩いても、彼女は全く反応しなかったし。
しかもまだ怖いのは、これだけ見尽くしたあとなのにまだ目がギラついているところだ。
放っておけば、今すぐにでも己の世界を構築しそうな勢いである。
私はそれを阻止するために、サクッと本題に入ることにした。
「まあそんなことより、私がロックが好きな理由はわかってもらえたかな?」
「うんうん、よくわかったよ!お兄さんがこれだけ好きなら無理もないよぉ〜!」
「そ、そう…。それなら良かった…」
どうやら本題は解決したようだ。
私はあの長い長い時間から解放されたことに安堵したのか、少しため息が出た。
しかし、そんなこともつかの間、烏間さんはさらなる質問を投げかけてくる。
「でもさあ、いくらロック好きでも"BLACK PANDA"ってデビューしたばっかりだし、知っている人はあまりいないと思うんだよねぇ。それこそかなりコアな層しか聴かなそうだし」
そう言いながら彼女は、私を問い詰めるかのように距離を縮めてくる。
「でも京田さんを見た感じ、あまり深めのロック好きじゃなさそう。じゃあ京田さんはどういう経緯で"BLACK PANDA"さんを知ったの?できれば教えてくれないかな?」
彼女の興味は私に移行したらしく、あのガンギマった顔が今度は私に向けられる。
このままずっとこの状態なのも面倒だし、と包み隠さず全部言うしかないかな。
そう思い私は、少し間をおいてから口を開く。
「それはね、お兄ちゃんが"BLACK PANDA"のギターボーカルの人と友達だから、私もお兄ちゃん経由で教えてもらったんだ」
そう言うと烏間さんは、もうすでにガンギマっている目を、さらに気持ち悪くして私を問い詰めてきた。
「えー!あの"BLACK PANDA"のギターボーカルと!?彼歌のクオリティが高くて、著名なロックバンドメンバーの人が『今後絶対延びる』って有名なのに!そんな人と友達なんて、京田さんのお兄さんって何者なの!?」
オタク特有の早口で、今度は私のお兄ちゃんの話しにまでその手が伸びてきた。
本当はあまり言いたくないし、これまであまり郊外にはしたくなかったけど、まあこの子になら言ってもいいかな。
私は直感でそう判断し、彼女に本当のことを伝えてみることにした。
「実は私のお兄ちゃんね、あの世界的なバンド、"FLYING FLAME"のメンバーなんだ」