混乱
朝の微かな光が、ベッドの隙間から差し込んでいる。
瞼の重さに抗いながら、ぼんやりと目を開けると、全身にずしりと疲れがのしかかっているのが分かる。どうやら、とんでもない夢を見たらしい。厨二病時代のキャラクターが目の前に現れて、私を「妖狐」と呼び、「黒歴史」を次々と掘り起こし、挙句の果てには「悪夢のエスティ」のことまで――
「はぁ、何という悪夢…」
重い溜息を吐きながら、頭の中で昨晩の「夢」の断片を振り払おうとする。どれだけ時間が経っても、私の記憶には、あの頃の夢や設定がしぶとく残っているようだ。まったく、年末調整の書類探しでこんな悪夢を見る羽目になるなんて。しかも、あの設定まで――妖狐姫だの堕天の殺戮者だの、もう二度と思い出したくない。
「あ、そうだ…書類…」
そうだ、私は書類を探していたのだ。半ば朦朧とした状態で起き上がり、昨晩の疲れた体に鞭打って立ち上がろうとする。しかし、その瞬間、視界の端に何か黒い影が映り込む。あまりにも場違いで、現実離れした異質な「存在感」がそこにあった。
まさか――
驚愕の視線をゆっくりと向ける。そこには、昨晩夢の中で見た姿そのままの、「堕天の殺戮者キリアン」が、長身を壁にもたれて私を見つめていた。黒と銀のオッドアイが鋭く光り、コート襟元の黒い羽根がふわふわと揺れている。闇のような黒い翼と、光のような白い翼が軽くはためいて、私の部屋には明らかに不釣り合いな存在感を放っている。どうやら、これは夢ではない。まさか、まさか…あの悪夢が現実に?!
頭が真っ白になる。この光景に、どう反応すればいいのかもわからない。彼は、じっとこちらを見つめている。私が無言で立ち尽くしていると、ふいにキリアンが口を開いた。
「千年ぶりの再会なのに、どうしてお前はエスティのことばかり話すんだ?」
その口調はどこかむくれているようにも感じられ、私は一瞬、呆然としたまま見返すことしかできない。
千年ぶり…?再会…?待って、何を言っているのか、この状況がますます理解できなくなっていく。いや、そもそも「再会」という言葉がすでにおかしい。私が彼と会った覚えなど、一度もないのだから。
キリアンは、少し眉を寄せ、不満そうに視線をそらした。
「エスティはいつも陰で私を支えてきたが、最近は少し自惚れている節がある。あいつがそんなに気になるなら、処刑してやろうか?」
その言葉に、思わず私は喉の奥が凍りつくような感覚に襲われた。処刑…?エスティを?いや、そもそもエスティなんて存在しないのに?全ては私が作り上げた虚構で、黒歴史の産物で、ただの妄想にすぎない。なのに、この状況は一体なんだ?なぜ、私が描いた「堕天の殺戮者」が、目の前でむくれた表情を見せ、妄想のキャラクター「悪夢のエスティ」のことを処刑するかのように話しているのか。
「待って…ちょっと待って…何が…何が起きているの…?」
必死に声を絞り出そうとするが、頭の中で混乱が渦巻き、うまく言葉にならない。まさか、これは現実であるはずがない。いや、現実だと認めた瞬間、私の世界が崩れ去ってしまいそうだ。