【制裁編】災いの口
あの時も、こうして私たちは普通に笑っていた。
笑いながら、誰かをちょっとだけ弄って、それだけ。大したことじゃないし、悪いことでもないと思ってた。だって、先生だって同じだったから。
「ブス川さん、今日もロリータ服でお散歩かしら?」「ええ、たぶん一生彼氏なんてできないわね。」
先生が微笑みながら放った言葉に、私たちは笑いを堪えるのに必死だった。むしろ、それが可笑しかった。だって先生って、そういうのを止める立場の人じゃん?なのに、私たちと同じ側にいる。だから、あの時も安心して笑えたし、何なら調子に乗れた。
なのに、今になって何でそんな顔してるの?先生。
「江藤さんたち、ちょっといいですか?」
来た。声も表情も、どこかピリついていて、前みたいな余裕がない。うちらを疑ってる?それとも、ただ説教するつもり?まあ、どっちでもいいけど。とりあえず、適当にかわして終わらせればいいだけ。
「何ですか、りっちゃん先生?」
まずは私が答える。自然体で、柔らかく。悪いことなんてしてないって顔をしておけば、先生なんて簡単に丸め込める。これまでだって、そうしてきたんだから。
だけど――。
「あの、最近江藤さんたちは何かトラブルに関わったりしていませんか?」
……何その質問。言葉は穏やかだけど、内心で何か決めつけてるのが丸わかり。ムカつく。
私は少しだけ首を傾げて、わざと間を取る。
「えー!別に……?」
一応答えたけど、心の中では舌打ちしてる。何だろう、あの目線。うちらを疑うくせに、直接は言わない感じ。先生のくせに、ビビってる?それとも、ただの様子見?
適当に躱そうとしたその瞬間――。
「キモい。」
……え?
自分の口から、勝手に出た言葉に私は硬直した。何これ?何て言った、今の私?先生が驚いた顔で固まってる。いや、そりゃそうだよね。だってこれ、私だって予想してなかった。
「え、何、キモいって言った?」
隣の由香が笑いを堪えきれずに小声で言う。それに続くように、他の子たちが突然しゃべり出す。
「うざっ。なんだよババア。」
「だよねー、何様のつもり?」
「マジ空気読めよ。」
止まらない。みんなの口から、次々と悪口が溢れ出してくる。まるで、最初に私が言った「キモい」がスイッチになったみたいに。しかも、みんな本気の顔をしてる。笑ってるようで、笑ってない。
「ちょっと、待って!」
そう叫びたいのに、私の口は動かない。何これ、何で止められないの?止めなきゃいけないのに――。
「な、何ですって?」
先生の低い声。震えたような怒りの表情。その瞬間、教室の空気が凍りついた。
「キモい。」
まただ。自分の口が勝手に動いた。止められない。心の中で何度も「黙れ」と叫んでいるのに、声が出る。私の意思とは関係なく、勝手に言葉が零れ落ちる。
「うざい。」
隣の由香もだ。あいつの口も止まらない。何これ?何が起きてるの?由香と目が合うけど、あいつも困惑してるのがわかる。いや、困惑以上に怯えてる。
「ババア!ババア!」
「マジで何なんだよ!」
次々と、他の子たちも悪口を言い始めた。しかも、みんな止められないみたい。最初はバカにして笑ってた雰囲気が、どんどんおかしくなっていく。
「……ちょっと、あなたたち!」
先生の声が震えてる。でも、それ以上に震えているのは私たちだ。止まらない。口が勝手に動く。言いたくもない言葉が、どんどん飛び出していく。
「うざいんだよ!」
「いちいち絡んでくんな、ババア!」
「お前が空気読めよ!」
口が勝手に動くたび、心の中では違う言葉を叫んでいる。
「そんなつもりじゃない」「やめて」「黙って」って。
だけど、口から出てくるのは全部逆だ。先生が何か言おうとするたびに、また悪口が続く。――止めたいのに、止まらない…!




