別れ際
別れ際というのはいつだって言葉に困る。
何を言えばいいのか分からない。どう言えば伝わるのかも分からない。そもそも、伝えるべきことなんて本当にあるのかどうかすら怪しい。
だからこそ、私は言葉を探しながら彼女を見つめた。
ロリータ服の少女――いや、彼女の名前をちゃんと覚えておかなきゃいけない。
「愛梛」というその名前を、私は心の中で何度も反芻する。
今、この瞬間で、今日あったことが全て無かったことになるわけじゃない。別れるからと言って、すべてが途切れるわけじゃない。
だからこそ、最後にここでどんな言葉を交わすかで、この子の心に残るものが少しでも変わるかもしれない。
「愛梛ちゃん。」
名前を呼ぶと、彼女は少しびっくりしたような顔をして私を見上げた。その大きな瞳の奥には、まだ少し怯えたような影が見える。だが、それと同時に小さな光も宿っている気がした。
「今日はありがとう。」
――私は、彼女にお礼を言った。いや違う、私が言いたかったのだ。
彼女は少しぎこちなく、それでも笑顔を見せてくれた。
「……私も、ありがとうございました!」
声は小さいけれど、その響きは確かだった。まるで小さな鈴が鳴ったような、繊細で、けれど芯のある声だった。
母親がそっと彼女の背中に手を当てて、そろそろ行きましょうという仕草をする。それでも彼女はしばらく動こうとせず、私を見つめていた。その目には、名残惜しさと、ほんの少しの期待が入り混じっている。
「また会えたら嬉しいな。」
私はそう言ってみた。
どうしてそんな言葉が口から出たのか、自分でも分からない。だが、それはたぶん嘘じゃない。むしろ、私の本心だった。
「……また、会いたいです。」
彼女の返事を聞いて、私は自然と微笑んだ。そんな風に返してくれるなんて、思っていなかったからだ。胸の中に少しだけ温かいものが広がる。
母親がもう一度彼女を促すと、今度は彼女も小さく頷いて、私に向かって小さく手を振ってくれた。その仕草が可愛らしくて、どこか懐かしい。
彼女たちが去っていく後ろ姿を、私はしばらくの間見送った。ロリータ服が、広い通路の向こうで人混みに溶けていく。その背中を見つめながら、私はそっと胸に手を当てる。
「……頑張ってね。」
小さく呟いた言葉は、彼女に届くことはなかっただろう。でも、それでいいのだと思った。
ふと、隣にいるキリアンが私を見ていることに気づく。その鋭い目は、何も言わずに私の心を見透かしているようだった。
「さて、帰ろっか。」
そう言いながら歩き出す。
別れというのは、次に繋がる一歩なのだと、私は少しだけ思えた。




