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教師

「先生には相談されたんですか?」


責任者の男性が静かに問いかけた。どこか期待するような、その質問。普通なら、その期待に応えるような答えが返ってくるはずだ。先生は子供たちの味方で、問題があれば真摯に向き合う。それが学校という場所のあるべき姿だ。


けれど、目の前の母親、益川さんの表情には、その期待を裏切られる予感しかなかった。彼女がわずかに眉を寄せ、目を伏せた瞬間、その答えがどんなものか、私にも察しがついてしまった。


「……相談しました。でも……ダメでした。」


ぽつりと、母親の口から落ちた言葉。その声は静かで、諦めに似た響きを含んでいた。


「先生は……あの子たちと、まるで友達みたいなんです。」


友達。学校の先生が生徒と友達。そこまでなら、悪いことではないはずだ。だけど、その言葉の裏にあるものが、彼女の静かな声から伝わってきた。違和感。それは明らかに、何かが間違っていることを告げている。


「娘が嫌がらせをされて困っている、と伝えました。でも、先生はいつも『益川さんの気のせいじゃないですか?』って笑うだけでした。」


気のせい。そう言い切られた時、どれだけの気持ちが否定されたのだろう。その瞬間、娘さんが抱えていた恐怖や孤独は、一体どこに消えてしまったのだろう。胸の奥がちくりと痛む。私もかつて、似たような言葉で片付けられたことがあったからだ。


「それだけじゃありません。……先生は、あの子たちと一緒に笑っていたんです。」


「笑っていた……?」


責任者の男性が思わず反応する。私もまた、その言葉に小さく息を飲んだ。先生が、笑う?生徒が誰かを傷つける言葉を発した時、それに同調するように、笑う?


「娘が授業中に、『益川さんって、本当うざい』と言われた時、先生は笑って、こう返したんです。」


母親の目が少し潤んでいる。彼女の娘がどんな思いをしたのかを思うと、その言葉を聞くのが怖かった。


『ーーもう、本当のことを言っちゃ可哀想でしょ?』


その言葉を聞いた瞬間、胸がざわざわと騒いだ。――本当のこと?そんなわけない。ただ、普通に学校に行って、普通に授業を受けているだけなのに。そんな残酷なことがあるだろうか。


「それ以来、娘は先生に頼るのをやめました。先生に相談しても、あの子たちの味方をするだけだから……。」


母親が言葉を切る。その間が、何よりも重たかった。彼女がどれだけ娘を守りたかったか、そして守りきれなかった無力感に苦しんでいるのかが、その沈黙の中で伝わってきた。


「先生は……彼女たちの言葉に同調して、むしろ笑いを取るような行動をしていました。娘の話を聞くふりをしながら、あの子たちに冗談を言って笑わせて……まるで、娘の辛さを茶化すように。」


――それは、裏切りだ。誰かを守る立場にいるはずの人が、その立場を放棄し、むしろ加害者の側に立つ。その絶望を想像するだけで、私の胸が締め付けられる。


「……それもあって、娘は学校を休むようになりました。……それでも気に食わないのか、行かないなら学校辞めればいいのにと、クラスメイトから嫌がらせのグループラインが届くんです。」


母親はもう、それ以上言葉を紡げなかった。彼女の手が小さく震えている。それを見て、私は何も言えなかった。ただ、胸の奥がじくじくと痛むのを感じるだけだった。


――先生は、守らなかった。守るべきだった相手を、見捨てた。


その事実が、私の胸の奥に重くのしかかる。かつての自分の姿を、どうしても重ねずにはいられなかった。

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