再会
「さて、書類を探すか。」
息を吐くように、当たり前のように口から出たその一言。社会人としての小さな義務を果たすために、自然と肩を落として、いつものように無機質にクローゼットを振り返った、ただそれだけのことだった。
なのに――
「――。」
そこに、いた。
いや、「立っていた」と形容するのが適切だろうか?立ち尽くし、私の目を真っ直ぐに射抜く視線で、そこに存在しているのは…
私が描き出した「堕天の殺戮者」、キリアン・フランヴェルジュ・ブラッドレイ。
私の厨二時代の、妄想の中の「魔公爵」が、狭くて汚い私の部屋に堂々と立っている。
思考が止まった。
視界が真っ白に染まる。
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえてくる。
視界の奥、全てが霞むような錯覚に襲われる。まるで夢の中で見ている幻覚のように、黒と銀のオッドアイが私を真っ直ぐに見据え、片翼は漆黒、片翼は純白――その両翼が不自然なまでに大きく広がって、まるで私の生活の隙間という隙間を埋め尽くすかのように、そこにいる。
「動けない…?」
自分が何かを呟いたのか、それともただ心の中で叫んだだけなのか、もはやわからない。私の全身が凍りつき、目の前にいる「彼」を前に、ただの一歩すら踏み出すことができない。空気が重い。呼吸をすることさえままならない。現実感が、音を立てて崩れていく感覚がする。
一体、これは何だ?一体、これは何だ――。
「久しぶりだな、妖狐。」
その声が耳に届いた瞬間、全ての感覚が逆流した。耳鳴りのような空白の音が消え去り、私の目の前には、紛れもなく「堕天の殺戮者」、あのキリアンが立っている。
笑みのようでいて冷徹な、皮肉めいた口調。それは私が何度も妄想し、紙の上で再生し続けたセリフだったはず。けれど、今、その言葉が「現実の私」に突き刺さってくる。まるで現実のものであるかのように。
震えが足元から這い上がる。指先が冷え、私の体は自分のものではないように、微かに震えていた。私が妄想して作り上げた、「過去の残滓」にすぎないキャラクターが、どうして今、こうして私の目の前に立っているのか。理解の範疇を超えたこの現実が、私の存在を脅かしてくる。
現実とは、一体何だったのだろうか?彼がこの部屋に現れた瞬間から、私の知っていた現実は音もなく崩れ去っていく。いや、もしかしたら私の「現実」とは、最初から何の意味もなかったのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。
なぜなら、私は今、ただ立ち尽くし、言葉もなく、動くこともできずに、彼の存在に押しつぶされそうになっているからだ。