信じて
「私たち!なんにもしてないんです!」
「いきなり絡まれて、スマホを壊されたんです!」
「警察を呼んでください!絶対許さないから!」
女子たちの声が、今や怒号に近い形で店内に響き渡る。言葉には悲鳴と恐怖の色が混じっているが、その奥に潜む憎しみと敵意がはっきりと伝わってくる。その勢いは一向に収まらず、むしろ憎しみを帯びた熱量はどんどん上がっていく。彼女たちの目には自分の優位性を奪われたことに対する怒りが浮かび、その瞳を濁らせていた。
「何あの人、マジで怖いんだけど!」
「親に言おう。こんなのありえない!」
彼女たちは互いに顔を見合わせて何度も同じ言葉を繰り返す。まるで怒りを共有することで、自分たちの中に生まれた恐怖を打ち消そうとしているかのように。
彼女たちにとっての「敵」は、間違いなくキリアンだった。そして、彼の背後にいる私も、その敵の一部に含まれているのだろう。
――でも、彼は何も悪くない。
私は手に持つ買い物袋を強く握りしめた。その中のコーヒーゼリーが、白菜が、そして料理の元が、まるで私に「平静を保て」と訴えかけてくるかのように感じた。だが、その言葉を自分自身に向けるたび、胸の奥で渦巻く感情がどんどん膨れ上がっていくのを止められなかった。
その時、警備員の一人が静かに、だが確実な足取りでキリアンに向かって歩き出した。
制服姿の警備員は、明らかに警戒心を抱いている。手を腰に当てながら、視線を鋭くキリアンに向けたまま、少しずつ距離を詰めていく。その動きが緊張感を煽り、場の空気がさらに重くなるのを感じた。
――どうしよう。このままだと、キリアンに何かされてしまうかもしれない。
その考えが頭をよぎった瞬間、身体が勝手に動いていた。
「彼は……彼は何もしていません!」
声が震えていたのが自分でもわかった。でも、それでもいい。
私は一歩進み出て、警備員とキリアンの間に立つ。手に持った買い物袋がわずかに揺れたが、それを握り直して踏みとどまった。
「本当に何もしてないんです。ただここにいただけで、何も……!」
私の言葉が終わらないうちに、警備員の視線が私に向いた。その視線は冷たく、そして少しだけ戸惑っているようにも見えた。彼は立ち止まり、私の言葉を聞こうとしているのか、それとも私の行動に驚いているのかはわからない。
――でも、伝えなきゃいけない。
私は自分にそう言い聞かせた。手に汗が滲んでいるのを感じながら、震える声を抑えつつ言葉を続ける。
「スマホが壊れたのは……えっと、事故みたいなもので。彼が何かしたわけじゃありません!本当です!」
言葉に力を込めたつもりだったけれど、警備員の表情は読めないままだった。後ろで女子たちがまだ口々に怒りをぶつけているのが聞こえる。その声が私の耳を突き刺し、今にも崩れそうになるのを必死に堪えた。
背後のキリアンは微動だにせず立っている。その堂々とした姿が私にとってどれだけ頼もしいか、そしてどれだけ危ういかが同時に胸に押し寄せてくる。彼が何を考えているのかはわからない。でも、私は信じたい――彼が私を守ろうとしたことを。
――だから、私も守るんだ。
私はもう一度、警備員に向けて声を上げた。
「彼は何もしていません。お願いです、信じてください!」
その言葉がどれだけの重みを持つのかはわからない。だけど、この場で今できることは、それしかなかった。




