恐怖
「貴様らは耳が聞こえないのか?」
その声が響いた瞬間、空気が変わった。
低く、重く、まるで地面の奥深くから響き渡るようなその声は、私の背筋をぞくりとさせた。そして、それがどんなに静かであっても、そこに込められた感情が圧倒的すぎて、周囲の空間すらねじ曲げてしまいそうな勢いだった。
「妖狐の言ったことが理解できない下衆共め。」
キリアンは吐き捨てるように言い放った。その言葉には嘲りも憎悪も含まれていて、まるで世界全体を否定するかのような響きだった。
私はその瞬間、自分の心臓が一気に縮こまるのを感じた。彼の声は彼女たちだけではなく、私にまで突き刺さったのだ。それは彼の怒りが私のために向けられているからこそ、なおさらのことだった。
「――やば。」
一瞬だけ、女子たちの間にざわめきが広がる。そのざわめきは、恐怖と動揺が混ざり合ったものだった。彼女たちはそれまでの嘲笑から一転して、その場の異常な空気に気づき始めているようだった。
キリアンの顔が、まるで絵画のように完璧な美しさを保ちながら、憎々しげに歪む。そのオッドアイが冷たい光を放ち、彼女たちをまっすぐに射抜く。その視線だけで、場の温度が急激に下がるような感覚に襲われた。いや、実際に温度が下がっているのかもしれない。背中に冷たい汗がじわりと滲むのを感じた。
――ちょっと待って、キリアン、何してるの…?
焦りと恐怖が胸を駆け巡る。キリアン、あなた何かするつもりじゃないよね?いや、もう何かしようとしているんじゃないか――そう思った瞬間、女子の一人がスマホを取り出した。
「な、何あいつ。頭おかしいんだけど……。このキモコスプレ男……!」
その言葉が放たれた瞬間、私の胸の奥で何かが軋む音がした。けれど、それよりも早く動いたのは彼女だった。スマホを構え、キリアンに向けて画面を向ける。
その瞬間。
パンッ――!
乾いた音が響き渡る。
スマホが破裂したのだ。まるで突然、手の中で限界を迎えたかのように。それは、偶然だとか、気のせいだとか、そんな理由では説明できないほどに完璧で、瞬間的な破壊だった。
女子はその場で悲鳴を上げた。破片が手の中で散り、彼女は何が起きたのか理解できないまま、震えた手を見つめていた。その顔には恐怖と混乱が浮かんでいる。
「な……なに……?」
彼女の声はか細く、震えていた。それが、彼女たちの中で初めての「沈黙」をもたらした。
私は、何も言えなかった。ただ、キリアンの背中を見つめるしかなかった。その背中は相変わらず堂々としていて、何も揺るがない。まるで、この状況すらも彼の思惑通りだと言わんばかりだった。
――キリアン……。
その名前を心の中で呟いた。彼の存在が、この空気を一変させていることを、私は嫌でも実感していた。




