悪意の塊
買い物袋を手に持って、早く外に出ようと急ぎ足で通路を進む。白菜、簡単料理の素、そしてキリアンの好きなコーヒーゼリー――全部で700円ちょっとの買い物。財布にはまだ小銭が残っているけど、使わずに済ませたことに少しだけ安堵する。節約も、こうやって小さな満足感を積み重ねることで、生活の糧になる気がする。
けれど、その小さな安堵も、この瞬間にはすっかり消えていた。
「えー、これ超かわいいー!」
「でも高すぎじゃね?」
甲高い声が耳に飛び込む。顔を上げると、ショッピングモールのコスメ売り場から出てきた制服姿の女子学生たちが、狭い通路を横一列に広がって塞いでいるのが見えた。4人か5人ほどだろうか。手にスマホを持ち、画面を見せ合いながら笑い声を上げている。
――ああ、こういうタイプ。
私は思わず目を伏せる。通路を塞ぐ形で歩く彼女たちは、あまりにも「無自覚」に他人を巻き込んでいる。その広がり方が絶妙で、抜けられる隙間はほとんどない。こちらに気づいているのかいないのか、それとも気づいた上で無視しているのか――それを考えるだけで、疲れる。
「迷惑だなあ……。」
周囲の人々の動きが見て取れる。通路の端に寄る人、わざと別のルートを選ぶ人、遠巻きに足を止めて様子を伺う人。誰もが彼女たちの存在に気づいているけれど、注意しようとはしない。きっと私と同じ気持ちなのだろう――「関わりたくない」と。
私もその一人だ。こういう子たちに何かを言うと、きっと逆恨みされる。いや、下手をするとその場でスマホのカメラを向けられ、「こんなやばいおばさんいた」とかSNSに書き込まれるのがオチだ。大人の対応とは、つまり「見て見ぬふりをする」ことだと、最近になってようやく学んだ。
「だから、早く行ってくれないかな……。」
私は袋を持つ手に力を込め、心の中で呟いた。だけど、彼女たちの歩みは遅い。というか、歩くというより、足踏みするという表現の方が正しい。目的を持って進んでいるのではなく、ただその場に漂いながら空間を占有しているだけのように見える。
そして、その時――。
「え、ねえ、あれ見て。」
「うわ、あれブス川じゃね?」
その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、視線が自然と彼女たちの指差す先を追った。
――そこにいたのは、一人のロリータ服の少女だった。
白いブラウスにレースの飾りがついた襟元、ふんわりと広がったピンク色のスカート、リボンとフリルでまとめられたヘッドドレス――目が覚めるような華やかさが、周囲の景色から浮いている。彼女の隣には、シンプルな服装の女性がいる。恐らく母親だろう。二人で並んで歩く姿は、一見すると平和そのものに見えた。
だけど、彼女たちの言葉が、その平和な光景を一気に不穏に変える。
「やば、マジ本人じゃん!」
「うける、超ダサ!芋!」
――ブス川?本人?
私は頭の中で彼女たちの言葉を反芻する。何のことを言っているのか、具体的にはわからない。ただ、その言葉に込められた嘲笑と悪意は、痛いほど伝わってきた。
ロリータ服の少女は気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか、彼女たちに背を向けたまま、母親らしき女性と話しながら歩き続けている。その姿を見て、私の胸の奥が妙にざわついた。
――なんでこういう子たちは、いつもこうなんだろう。
私は袋を持つ手にさらに力を込めた。彼女たちの言葉が、まるで空気を汚していくような感覚がして、何も言えない自分に嫌気が差した。けれど、結局のところ、私は彼女たちに何も言えない。言ったところで、状況が良くなる保証なんてどこにもない。
――だから、誰か、何とかしてほしい。
心の中でそう呟いて、再び視線をロリータ服の少女に向けた。その後ろ姿が、どこか無防備に見えるのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいじゃない。




