表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/58

社会人は、急に休めない

本当なら、今日は休みたい。


頭がぼんやりと重く、昨夜の睡眠不足がじんわりと全身に影響を及ぼしている。けれど、社会人はそう簡単に「休みます」とは言えない。それは、許されないことだという暗黙の了解があるから。体調不良があっても、「急に休むのは迷惑だから」とか「昨日のうちに言っておけば」といった言葉が頭をよぎる。社会人の休みは、計画的でなければならない。そういう世界なのだ。


「まあ、仕方ないか……。」


自分に言い聞かせるように呟く。こういう時にこそ、「大人だから」という言葉が重くのしかかる。子供の頃には「大人になれば自由」と思っていたけれど、それは単なる幻想だった。大人には自由なんてない。ただ、責任が増えるだけだ。


身支度を進めながら、ちらりとキリアンを見る。窓辺に立つ彼は、相変わらず非現実そのものの存在感を放っている。この部屋に馴染む気が一切ない。その異質さに、思わず目を奪われそうになる。いや、今はそんな場合じゃない。


「仕事、に行くから。」


バッグを肩にかけながら、私は彼に言った。彼の視線がこちらに向き、冷静なオッドアイが私を見つめる。その視線には、まるで「今日も俺が同行するべき」とでも言いたげな気配があった。


その意図を察した瞬間、昨日の電車での出来事が頭をよぎる。キリアンが星幽体でついてきた結果、脚を開いて座る男性に無言の圧力をかけたあの光景。もちろん、その場では助けられた気持ちもあったけれど、あんな状況をまた経験するのは……正直、避けたい。


「キリアン、今日は来なくていいよ。」


彼の眉がわずかに動いた。疑問とも反論とも取れるその微妙な反応に、私は慌てて言葉を足す。


「いや、昨日の電車でのこともあるし……人に見えない星幽体のままって言っても、何か起きたら困るし。だから、家かヘイヴンで待機しててくれる?」


その言葉を聞いて、彼は一瞬だけ考えるような素振りを見せた後、小さく頷いた。


「了解した。お前が必要とする時に再び現れる。」


その冷静な言葉に、私は心の中でほっと息をついた。正直、彼が同行しないことでどれだけ気楽になるかを考えると、これが最善の選択だったと思える。それでも、少しだけ胸の奥に引っかかる感情があるのは何故だろう?


「ありがとう。じゃあ、行ってくるね。」


そう言いながら、私はドアに手をかけた。振り返ると、彼はまだ窓辺に立っている。朝の光を背に受けて、無言でこちらを見ているその姿が妙に神々しく見えた。それがまた、私の現実感を曖昧にしていく。


「仕事が終わったら呼ぶから。それまで……待ってて。」


その言葉が、自分でも思った以上に静かな響きを持っていたことに気づいた。ドアを閉めた後、私の胸の中には妙な空虚感が広がっていた。階段を降りながら、これでよかったのだと自分に言い聞かせる。


駅へ向かう道すがら、昨日の電車の出来事をもう一度思い出す。脚を閉じさせられた男性の顔。あれがまた起きるかもしれないと思うと、それはそれで気が重い。けれど、今朝の決断が間違っていなかったことだけは確かだ。仕事は私の世界。そこに彼がいるべきではない。


けれど、少しだけ物足りない気がするのは……やはり私のわがままなのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ