美学
キリアンがコーヒーゼリーをじっと見つめている。その姿は、まるで未知の武器を分析している戦士のようだ。いや、武器どころか、「なんだこれは?」とでも言いたげな顔で、ゼリーの黒光りする側面を凝視している。正直、そこまで真剣な顔をされると、渡した私としてはちょっと気まずい。
「スプーンを使って食べるんだよ。」
私は恐る恐るスプーンを差し出した。キリアンはそれを受け取り、手に持ったゼリーの蓋を外す。動きはスムーズで無駄がない。彼の行動は、常に計算され尽くしているように見える。それでも、コーヒーゼリーを初めて見る彼がこのスプーンをどう扱うのか、少し不安を感じるのは否めない。
彼はスプーンをゼリーに差し込み、少しだけ掬い上げた。その黒い塊が、スプーンの上で揺れる。透けるような黒いゼリーに、中に入っていた真白いクリームが絡んでいく。そのコントラストが不思議な美しさを醸し出していた。彼はそれをじっと見つめ、ついに口に運ぶ。
私は無意識のうちに息を飲んでいた。コーヒーゼリーを口にする「堕天の殺戮者」。
その仕草は堂々としていて、どこか儀式めいた厳かさすら感じられる。スプーンを持つ手は微動だにせず、口元に運ばれる動作は滑らかで完璧だ。いや、単にゼリーを食べただけなのに「完璧」なんて言葉が浮かぶのがおかしいのだけれど、彼にはそう思わせるものがある。何をしても絵になるのだ、彼は。
キリアンはゼリーを口に含み、しばらく静止していた。その間、私の心臓が早鐘のように鳴っていた。彼が何を感じているのか、私には全く想像できない。ただ、彼の顔がほんの少しだけ柔らかくなったのを見て、私は息を吐いた。
「……悪くない。」
彼はそう呟いた。その声には、微かに満足のニュアンスが含まれていた。そして再びスプーンをゼリーに差し込みながら、さらにこう付け加えた。
「この黒と白の色合いと、甘さとほろ苦さのバランスが気に入った。」
私は一瞬、彼の言葉を理解するのに時間がかかった。彼がそのゼリーを単なる食べ物としてではなく、一種の美学として評価していることに驚いたのだ。私が30円引きで手に入れたコンビニスイーツが、「堕天の殺戮者」の美意識に訴えかけるとは夢にも思わなかった。
「そ、そう……良かったね。」
そう答えながら、私は自分でも気づかないうちに笑顔になっていた。その笑顔は、意図したものではなく、自然と浮かんできたものだった。彼がコーヒーゼリーを気に入ったことに対しての安堵と、どこか微笑ましさを感じたせいだろう。彼が甘いものを気に入る姿が、妙に可愛らしく見えた。
その瞬間、彼の表情が変わったことに気づいた。
キリアンが――微笑んだ。
それは本当に小さな、小さな変化だった。口元がほんの僅かに持ち上がるだけ。それでも、彼の顔にはっきりと微笑みが浮かんだのだ。それが私に向けられていることが信じられず、目を瞬かせてしまう。
キリアンが笑うなんて――いや、そもそも彼に「笑う」という表現が可能だったなんて思ってもみなかった。でも、今その事実が目の前にある。彼の表情が柔らかくなり、そのオッドアイが微かに和らいでいるのを、私は見逃すことはできなかった。
「お前が勧めたものだ。悪いはずがない。」
キリアンがそう言った。声色にいつもの冷たさが残っているのに、不思議とその言葉が優しさに聞こえた。
私は照れ隠しのようにコーヒーゼリーの蓋をいじりながら、そっけなく返す。
「そ、そんな大げさなものじゃないけどね……ただのゼリーだし。」
そう答えながら、顔が少し熱くなっているのを感じた。なんだ、この妙にくすぐったい感じは。恥ずかしいような、居た堪れないような。いや、違う。これは、目の前の彼が見せた一瞬の微笑みに心が揺れているからだ。
キリアンは再びスプーンをゼリーに差し込みながら、もう一度口に運んだ。静かに食べ続ける彼を見ていると、その行動一つ一つにさえ、妙に意味を感じてしまう。
「……本当に気に入ったんだね。」
私が呟くと、彼はスプーンを置いてこちらを見た。そして、また小さく微笑む。その微笑みは、言葉よりも多くを語っているような気がした。
それを見た私は、もう何も言えなくなってしまった。ただ、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じながら、この何気ない時間を噛み締めていた。




