堕天の殺戮者と甘味
「そういえば、キリアンってご飯とか食べるの?」
カップうどんのつゆを飲み干した後、ふと思い立ってそう尋ねた。完全に日常の延長線上の話題。特に深い意味はなかった。会話のきっかけなんて、いつだってそんなもんだ。だけど、キリアンの存在そのものが「非日常」なせいで、そんな何気ない問いすら、妙に重みを帯びて感じられる。
「食事か?」
キリアンがゆっくりと視線をこちらに向ける。その瞳――片方は深い闇を湛え、もう片方は銀色に光を反射している――が、私を貫くように射抜く。まるで私が尋ねた質問の意図を、言葉の裏まで読み取ろうとしているかのようだった。
「そう。普通に、うどんとか、パンとか。なんか、食べるのかなって。」
さりげなく聞いたつもりだったけど、自分の声が少しだけ上擦っていたのが気になった。いや、キリアンを目の前にすると、どうしても緊張するのだ。これはもう仕方のないことだと思う。
「必要はない。」
淡々とした声が返ってきた。その一言で終わらせるつもりなのかと思いきや、彼は続けた。
「ブラッド・ヘイヴンに座を置く者として、私の存在は魔力によって充填されている。食物から栄養を得る必要などない。」
……は?
私は一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。魔力?充填?そういえば、そんな設定を作った覚えはある。ブラッド・ヘイヴンにはキリアンが支配する絶界の領地がある。その中心にある玉座に座ることで、キリアンは常に魔力を供給される存在として描いていた……気がする。でも、それをこんなに堂々と本人に説明されると、どう反応すればいいのかわからない。
「そ、そうなんだ。じゃあ、本当に何も食べなくてもいいってこと?」
何とか絞り出した声が震えていたのは、完全に動揺していたせいだ。私は気を取り直すように、空になったカップをテーブルに置く。
「そうだな。ただ、極少量であれば食べることはできる。」
キリアンはそう答えた。その声には、まるで「それが当然だろう」と言わんばかりの確信が込められていた。極少量……。つまり、この部屋にある食べ物を彼が口にする可能性はほぼゼロということだろう。まあ、確かに、キリアンがカップうどんを啜っている姿はあまり想像したくない。
「極少量って、どれくらい?」
「……一口だ。」
一口。私はその言葉を噛み締めた。彼の言う「一口」がどれほどの量を指しているのかはわからないが、それ以上に驚いたのは、その言葉を発するキリアンの表情が、どこか「実際に試してみたことがある」ようなニュアンスを含んでいたことだった。
「へえ……でも、食べなくて平気なら、それでいいんじゃない?」
何とかそうまとめたものの、自分でも納得していない感があった。食べる必要がない?生きているのに?いや、彼はそもそも「生きている」と言えるのかどうかも怪しい。そんな疑問が頭を巡る中、キリアンはあくまで冷静だった。
「人間のような存在とは異なるからな。だが、味覚は理解できる。それゆえに食事を楽しむことも可能ではある。」
その言葉に、私は思わず目を見開いた。味覚がある?つまり、彼は食事を「楽しむ」ことができるのだ?だとしたら、彼の「食事」はどんなものなのか、少し興味が湧いてきた。
「じゃあさ、例えば……何が好きとかあるの?」
気づけば、そんな質問をしていた。自分の中にあった軽い興味が、いつの間にか少しだけ大きくなっていたことに驚きながら。キリアンは少しだけ目を細めた。そして、静かに答えた。
「……まだ試したことがないが、甘いものには興味がある。」
その言葉を聞いた瞬間、私は予想外すぎて吹き出しそうになった。甘いもの?この冷徹な堕天の殺戮者が?彼の設定を作ったあの頃の私に伝えたい。あんたのキャラ、案外普通だよって。
だが、そんな言葉を飲み込んだのは、キリアンの表情がどこか少しだけ柔らかく見えたからだった。




