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Phase473(5)

「シュークリームはいかがでしたか、ご主人様?」

「お気に召してくれましたでしょうか、ご主人様?」

 不可思議な言葉と一緒にビルから現れた二人の少女は、厚底のローファーで地面を鳴らしながら、殺伐とした状況に似つかわしくないメイド服を揺らす。各々の片目には眼帯が装着され、その表面には『亜』と『異』という漢字が書かれており、頭上に生えた一本の角の隣には、先端が顔を出す様にして二本目の角が生えかかっていた。

 立ち込める黒煙が徐々に晴れていくと、そこにはかまくらを彷彿させるような、人一人覆う程のサイズのコンクリートドームが形成されていた。そして、衝撃を受け止めたそれにヒビが入ると、頂点から徐々に崩れていき、中から女の姿が露になる。

「これが日本特有のおもてなし文化……?」

「まだ生きてらっしゃいましたか、ご主人様」

「しかし創語を書く時間なんてなかったはずですが、ご主人様?」

 そうして完全にドームが形を失ったとき、異と書かれた眼帯をつけた少女が女の足元に落ちていたトランプ程のサイズのカードに目を向ける。

「亜夢、ご主人様の足元に落ちているあれは」

「……なるほど、合点がいきましたわ異夢。あのカードに途中まで創語を書いておき、最後の一文字を付け加えるだけで完成させるようにすることで、創語を書く時間を短縮させたのですわ」

「……当たり。あと、美味しかったよ。シュークリーム」

 女は皮肉交じりの言葉を吐きながら刀を強く握り直すと、地面を駆け二人に襲い掛かる。対し亜夢と異夢は自分の掌を尖った爪で一の字に切ると、亜夢は紫血で自分の背丈程あるフォークを、異夢はスプーンを生成し構えた。女は少女たちが生成した予測不能な武器を前にしても尚、勢い変わらず進み続け──二人を眼前に捉えると、二人諸共殺すように、同じ位置にある首を狙い凄烈な勢いで刀を薙ぐ。

「!?」

 が、その刀は、突如ビルの二階から飛び降り現れた一人の女の右素手で簡単に受け止められた。

「マザー。なぜ止めたのですか」

「そうですマザー。私達だけで倒せます」

「わからないのですか。この子はこれまでのハンターとは違います。舐めてかかると、死にますよ」

 少女たちからマザーと呼ばれるワイシャツに黒ベストをぴしりと着こなしたその女は、子供を叱りつけるようにそう言うと、受け止めた刀を簡単にへし折った。一方、看板に止まっていた昆虫の双頭は一つに合わさり、左右の数字が書かれた翅が生え変わるように落ちると、新たな翅の左右全面に207という数字が刻まれる。

「やっと会えた」

 ポニーテールの女は、その女の頭部に生える二本の角を見るや、心の底から込み上げてくる歓喜に思わず笑みをこぼすと、すかさずもう片手で刀を生成し、脇腹に向かい剣先を突き立てた。

「とりゃぁぁぁぁぁぁ──」

 そのとき、二人の頭上から甲高い叫び声が鳴り響く。その場にいた全員が宙に視線を向けると、真っ黄色のカンフースーツを身に纏った女が体を縦に旋回させながら落下してきたと思えば、

 ドンッ──!

 着地の寸前、踵を突き出した女はその勢いのままに、二人の間に割って入るように踵落としを炸裂させた。

「ありゃりゃ……。ちょっと、ずれちゃったネ」

 間一髪体を後退させ避けた二人の間の地面は、その凄まじい威力にコンクリートが砕け円形状に凹んでおり、そこに立つカンフースーツの女はとぼけた顔で後頭部を掻いた。

「今日は来客が多いですね」

 呆れたように呟くマザーは肩甲骨辺りまで伸びた長い金髪を後ろで縛り、ワイシャツの袖を捲り上げていく。

「あの、二本角(ダブルホーン)は私が倒してあげるネ」

「部外者は黙ってて。あれは私の獲物」

「部外者じゃないヨ、私には『民藍』いう名前あるネ」

 見当違いな返答にポニーテールの女は静かに怒りを込みあがらせるも、いたって真面目な民藍は両手の甲に=gloveと書き、紫色の手袋で両手を覆う。

「あの二人は私が殺ります。あなたたちは下がってなさい」

 強めの語気で言い放ったマザーは両拳を強く握ると、両腕に幾本もの血管が浮かび上がらせる。いつにもなく厳かなその姿に、二人は有無も言わず、言われた通りに後退る。マザーは上半身を低く屈め標的を定めると、ロケットのように飛び出し、ポニーテール女よりも近くにいた民藍に襲い掛かる。

 対し民藍は、体を縦に向け前足を少し浮かし、片方の手を後頭部に、もう片方を胸の先に突き出す奇妙なポーズで迎え撃つ。

 そして二人が相対した瞬間、体格からは想像もできない膂力を受けた民藍は、その衝撃でぶっ飛ばされると、数メートル後方にあった電柱に体をぶつけ強制的に止まった。

「……貴様、なにをしたっ!」

 が、何故かその状況で先に声を上げたのはマザーの方だった。

「大丈夫ですか、マザー?」「どうかしましたか、マザー?」

 亜夢と異夢は言いつけを守り駆け寄りたい気持ちをぐっと抑え、心配の声を投げる。

「……そんなに喚くことない。片目が見えなくなったぐらいでサ」

 マザーが民藍に拳を打ち込んだ瞬間、その拳を片手で受け止めた民藍は、目にも止まらぬ速さでマザーの首の側面、丁度視覚に繋がる神経が通っている部分を的確に、人差し指と中指を合した二本の指で突き、視覚を奪った。

 一体どれだけの修行を積めばあの一瞬の間であれだけの正確無比な打撃を繰り出すことができるのか。一部始終を背後から捉えていた女は、自分の獲物を横取りされたことへの怒りが少し薄れ、その分、女が持つ底知れない力に少しだけ関心を抱いた。

「でも、こんなに力あるとはネ。さすが二本角だけのことあるネ」

「おのれッ……!!」

 かつてない負傷を負い怒り心頭に発したマザーは女性らしからぬ呻き声を声高々に叫ぶと、それに呼応するように体の各部位が衣服を破きながら肥大化していく。やがて二メートル近い体躯へと成長した頃の叫び声はもはや、猛獣が敵を威嚇するときのそれであった。

「本性を現したネ……」

 民藍は怪物と化したマザーを前に口角を引きつらせ、ポニーテールの女はごくりと息を飲み、先程の関心は小学生の恋心のようにすぐに怪物へと移り変わった。

「殺ス……」

「化け物になっても自我を……?」

 女は動揺する一方、どこか嬉しそう口角を上げると、持っていた刀で構え臨戦態勢に入る。だがマザーは女には目もくれず、その巨躯からは想像もできないスピードで民藍に襲い掛かる。

 民藍は咄嗟に態勢を立て直し、先程の構えとは対照的に両足をしっかりと地面に着け低く腰を下ろし、来る強撃に最大限耐えうる構えでマザーを迎える。

 だがほんの数秒後。化け物、否、完全なる鬼と化した相手に、カウンターを仕掛けるなどという思考がどれだけ甘い考えであったかを理解する間もなく、大型トラックにでも轢かれたような鈍い音を置き去りにする程の凄烈な勢いで吹き飛ばされると、コントロールを取る間もなく冥途喫茶の看板に衝突し、地面に落ちた。

「あーあ。もうしーらないっ」「ほんとにしーらないっ」

 亜夢と異夢は無表情のまま口だけを動かし、冷たい声を口にする。

「元はといえばだれのせい」「襲ってきた、ご主人様たちのせい」「じゃぁ、殺るべきは」「決まってる」

 言葉を重ねる度に怒気が帯びていくと、亜夢は持っていたフォークの先端を女に向け、異夢は刀のようにスプーンを構えた。

「「逝ってらっしゃいませ。ご主人様」」

 不気味な言葉がシンクロした瞬間、亜夢のフォークの先端部分が折れ、そこから銃口が露になると、夥しい数の銃弾が女に放たれる。

 その奇襲に女は履いていた靴に素早く=flyと書くと、人間離れした跳躍力で宙を舞い、銃弾を躱した──直後、それを予測していたかのように先に跳躍していた異夢は、まるでハンマーのようにしてスプーンの腹を振りかざした。女は咄嗟に身を翻し刀の刃で防ぐも、衝撃までは防ぎきれず、背中から地面に落下した。

「あれだけの実力で我々を狩ろうとしていたなんて」

「身の程知らずにも程がありますわ」

 口角からツーと垂れる血を甲で拭い、空を薙ぎ刀についた砂埃を払う。

「あぁ……」

 女はため息交じりの言葉を吐きながら、虚ろな顔で虚空を見上げると「……楽しい」と言葉を落とした。

「何か言いましたか」

「聞こえませんでした。神にでも祈っているんじゃないですか」

 暫くして少女たちの方へ視線を戻した女の表情は、何故か恍惚感で溢れていた。

「もう殺してしまいましょうか」

「そうしましょう」

 不気味さが少女たちの癇に障り、先程と同じ構えで武器を握る。女は掌に創語を書き手榴弾のようなものを生成するや、振りかぶって投げた。

「そんな不細工なもの戴けないですわ」

 異夢はそれを打ち返そうとバットのようにスプーンを薙ぎ、腹の中心で捉えた──その瞬間、機を見計らったようなタイミングで起爆したそれからは大量の黒煙が発煙され、あっという間に二人を覆う。

「小賢しい真似をっ。亜夢、早く銃弾の雨で蹴散らし──」

 言葉を遮るように何かが自分の真隣を通過したのを感じると同時に、全身を妙な寒気が襲う。

「異……む……」

「!?」

 直後、消えそうな亜夢の声を耳にした異夢は、嫌な予感を振り払うようにして懸命にスプーンを薙ぎ、黒煙を扇いでいく。

「あ、あっ……」

 だがその予感は、刀に心臓を貫かれた亜夢の姿が露になったことで見事的中する。

「亜夢ッ──!」

「……よく怒られたなぁ。あくまでも殺し屋の仕事は標的を殺すことだって。その過程を楽しんじゃいけないって。だから武器も非効率な接近武器じゃなく、銃を使えってさ」

 女は亜夢の血液が滴る刀を突き刺した心臓を抉るように半回転させ、完全に亜夢の息の根を止める。そして刀を抜くと、傷口から勢いよく噴き出した血飛沫が異夢の顔にかかる。

「でも、そんなのつまんないじゃん。銃じゃ伝わってこないんだよ。心臓の中に渦巻いてる絶望のもっと奥にいる、命の平等を謳う神に抗う瞬間の感触がさっ」

「おのれ──ッ!!!」

 亜夢の死を前に冷静さを失った異夢は、狂人のごとく乱暴にスプーンを振るう。女は出鱈目な攻撃を刀で適当にいなしつつ、異夢の背後を取ったときと同様に靴に=speedと書き、その恩恵を受け高速で背中へ回ると──亜夢と同じ運命を授けたのであった。


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