Phase473(3)
「さて、今夜は何人生き残るか……。 羅美、久々に賭けでもやるか?」
数分前まで祭りのように騒がしかった周囲は一転、虫の鳴声すら聞こえない静寂の中、漸の声と煙草に火をつける音が鳴った。
「馬鹿……。久々にって、昨日もやったじゃない」
「あ? そうだったか」
門の左柱に背を預けていた漸は記憶を探るように、ヘアバンドでパイナップルの葉のように上がった金髪を掻く。同じく右柱を背もたれに佇んでいた羅美は、呆れるようにボブヘアを揺らし、コートの下に着ていたタンクトップから露になった谷間に溜息を落とす。
「阿保。ほんとに阿……、うぷっ──」
「──!?」
そのとき、突如羅美の口内で言葉が液体に溺れ、咄嗟に口元を抑える──しかし、次々と食道を逆流し口内へ流れ込むそれに耐えきれなくなった羅美は、ついに勢いよく吐き出した。
数メートルあった距離をわずか数秒で駆けた漸は、眼下に吐血された大量の紫血を目の前にしても冷静で、羅美の喉奥まで指を突っ込み、紫血を吐かせつつ、もう片方の手で創筆を握り、生み出した蛭を首に着け紫血を吸わせていく。
「溜めるな。全部吐き出せっ!」
「ぐあっ──!」
四つん這いになり苦しみに顔を歪めながら吐血し続ける羅美。そうして、一リットル程の吐血した後、血液は赤色に戻った。
「ハァ……、ハァ……」
漸はコートの内ポケットから徐に手帳を取り出し開くと、バツ印がついた三日前の日付を見て顔を歪める。
「……」
「……確信。やっぱり、スパンが短くなってきてる……。もう……」
嘆息をもらし、腰から刀を抜き取った羅美はその切っ先を腹に向け──
「やめろッ!」
息巻く漸の叱声が、その両手をピタリと止める。
「少し……。あと少しで、申請が通るはずだ。そうすればまた昔の体に……」
「疑問……。こんな門番一人のために、ワクチンが支給されるとは思えない」
「俺等はただの門番じゃない! 俺等には、この門を守る能力がある。加えてこんな汚れ仕事、日本の警官は誰もやりたがらない。明日、担当者に催促の連絡を入れておく。あと少し、待つだけでいい」
漸はいつにもない温かい言葉を口にしながら、悄然とうつむく羅美の頬に手を伸ばすと、そこに流れる一滴の紫涙をそっと拭った。
「ここが、ドーム内……」
幕を抜けたライリーたちを迎えたのは杉並区と世田谷区の狭間に位置する場所。辺りは紫血鬼どころか人の気配すらせず、ただ紫血鬼との戦いに敗れた語創者の死体が転がり、所々破損した立ち並ぶ建物は、戦いの苛烈さを物語っていた。
「この一帯の紫血鬼は?」
「いない。早々に全員狩られた。さっきの男の写真を」
「そう……」
ライリーは非日常に目を奪われながら、ノアに写真を手渡す。同様にその悲惨な光景を目にした初めてドーム内に入った語創者たちは怖じ恐れる一方、手慣れた語創者たちは地面へ=holeと書いていく。四つの文字は地面上で渦巻きながら混ざっていき、やがて人一人が入れるほどの深淵の穴を生成すると、そこへ語創者たちは躊躇なく飛び込み消え去って行く。
その傍ら、ノアは受け取った写真の裏に=crowsと書くと、同じく深淵を生成したかと思えば、まるでマジックのようにそこから烏が次々と飛び立っていく。探索効果を持つ創語であった。
「妹さんはなぜ見つからないの?」
「……それがわかってたら。もう見つけてる」
「……」
人為的に作られた暗闇へ飛び立っていく烏たちを眺めるノアの横顔からは、寂寥感が垣間見えた。
「……早く見つかればいいわね」
どういった理由で来日し、大疫病に襲われたのか。ずっと聞きそびれていたその質問をライリーはぐっと飲み込み、近くにあった電柱に寄り掛かる。
その数分後、早くも一匹の烏が二人の元に戻ると、一本の羽毛だけを残し、空中で破裂した。ノアはひらひらと揺れ落ちてくる漆黒のそれを手に取ると、羽毛の表面に紫血で記された文字を確認し、地面に創語を書き記す。
=hole to akihabara
「念のため言っておく。今から会うのは、人間であったときの記憶を全てなくした凶暴な鬼。もうあなたが知っている彼だとは思わない方がいい」
文字が混ざり、地面に穴が生成されていく。
「ええ」
ライリーは電柱に創語を書き記す。
「覚悟はできてるわ」
そうして生成された拳銃を強く握ると、決然たる瞳でスライドをゆっくりと下げた。