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Phase475(2)

 北展望台についた三人は、ワイングラスを片手に夜景を眺めるロメロの背を捉えるや、各々武器を構え臨戦態勢に入る。

「久しぶりだな、白髪爺」

「これはこれは。また懐かしい面々だな」

 振り返ったロメロは、グラスに入った赤ワインを全て飲み干し、狡猾な笑みを浮かべる。

「君がまだ紫血にのまれていないとは、素晴らしい意思の強さだ。そして……」

 二人の隣に立つザイラを見るや、大きな溜息をつく。

「君はまだ死んでなかったのか」

「えぇ。神のお告げがあったの。あなたを殺すまでは死ぬなってね」

「では、その神の言葉は覆ることになる。なぜなら、君の力では私を殺せないからだ」

 怒りの根幹を刺激されたザイラは、殺意を露に前のめりになり──正気を失った状態で突撃しても、返り討ちに合うのが目に見えていた漸は、その肩に手を掛け、体を制止させる。

「引き留めてくれる仲間がいることはいいことだ。だが、高みを見続ける人間からすれば、ただの邪魔者でしかない。私にとって、お前たちはそういう存在でしかないのだよ、ザイラ」

 度重なる侮辱に怒りで震えるザイラは、奥歯でそれを噛み殺し、必死に耐える。

「さぁ、どうやって私に立ち向かう? 生憎、先程増強剤を打ったばかりでな。今の私は、あの時よりも硬いぞ」

「あぁ、そうかい」

 漸は受け流すように返答しながら、床に=purple bloodと書き記すと、紫血が入ったボトルが生成された。

「あれだけ紫血を嫌悪していたお前が、創筆をぶら下げ、おまけに紫血を作り出すとは。実に哀れだ」

「何とでも言え。全てお前に勝つためだ」

 そのボトルを羅美が手に取ると、躊躇なく飲み干していき──やがて体内のウイルスと結合すると、一本の角が生えた紫血鬼へと変身を遂げた。

「血迷ったか。劣等種共が」

 不気味に喉を鳴らしながら、俯かせていた顔を徐に上げ、ロメロの両眼を睨む。その姿からは、いつもの朴念仁な羅美とは正反対の人格が滲み出す。

「覚悟しろ。これからお前が償うのは、俺たちの一年分の苦しみだ!」

 その言葉が合図となると、羅美は檻から解き放たれた野獣の如く飛び掛かる。

「……?」

 何かが自分の右側を隣を通り過ぎたことはわかった。だが、なぜ右肘から下の腕がなくなっているのかが理解できないまま、ロメロは徐に後ろを振り返った。

「グルルルル……」

 血まみれになった口元に咥えられた腕。それが答えだった。

 増強剤を打ち、硬皮化したにもかかわらず、それを一瞬で食いちぎる咬合力とスピード。積もり積もった一年分の怒りと呼応した圧倒的な力を前に、ロメロはなすすべなく──羅美は咥えていた腕を吐き捨てるように地面へ落とすと、左腕もスピードでもぎ取った。

 愕然と頽れるように膝をつき、項垂れるロメロ。あのとき、良い手駒になると確信し、羅美にウイルスを投与した自分の目に間違いはなかったと思い返す反面、心の底に宿った意思の強さまでを見抜くことができなかった自分の浅はかさを悔いる。


 その前に立った羅美は、処刑を待つ囚人の如く姿態のロメロへ、最後の裁きを下すように、鋭利な爪を携えた左手を天高く翳す。

「許せっ、許してくれッ──!」

 意地、プライド、名声。ロメロは自身の中に渦巻くそれらの類の感情をすべて捨てさり、最後に残った赤子のような素の心で、慟哭に近い叫び声をフロア全体に響き渡らせ──反響した声が鼓膜を通じ、剥き出しの心に流れ込む。その情けなさに涙すら流れず、ただただ祈り請う教徒のように額を地面へ押し付けた。

 最大限の謝罪を受けた羅美は、全身の細胞が目まぐるしく生まれ変わっていくかのように、体が軽くなっていくのを感じながら、翳した手をゆっくりと下ろしていく。次いで角が欠け、指先は人間のそれへと戻った羅美は、一滴の紫涙を頬に流し口角を遠慮気味に上げながら漸の方を振り返った。

「ただいま、漸……」

 安堵に満ちた言葉と共に昏倒するように倒れそうになり──すぐさま駆け寄った漸はその体を支えた。

「よく戻った。羅美」

 愛娘を見るような眼差しで優しく語りかけ、抱えた体を床にそっと置く。そうして再び険しい顔に戻ると、ロメロの元へ行き、乱暴に髪を掴み持ち上げた。

「命だけは、命だけは助けてくれっ……」

「今から俺がする質問にだけ答えろ。そうしたら、命は助けてやる」

 ロメロは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を精一杯縦に振る。

「このウイルスを作ったのは誰だ? 一体何のために作った?」

「ある日本の研究者だ……。何度か面識はあるが、奴は名前すら名乗らない秘密主義者だ。正確な目的はわからない。だが、噂では日本政府が作らせたという話だ」

 聞き捨てならないその四文字に漸は眉をひそめ、顔を近づける。

「日本政府? 何の話だ?」

「回収された紫血鬼の死体はどこへ行くか知っているか?」

「人間と同じ、死体焼却場だ」

「表向きはそうなっている。だが本当は、秘密裏に作られた屠畜場へと送られている」

「屠畜場? ふざけた話だ。死体を捌いて誰かが食うって言うのか?」

「その通り。この国はそのふざけたことを国家レベルで行ってるんだ」

 先程の泣きじゃくっていた表情とは打って変わったロメロの気迫に漸は黙し、鋭い眼差しで話の続きを促す。

「あらゆる産業で遅れをとり、経済大国ではなくなったこの国は焦り、何か新たなビジネスはないかと考えた。丁度その頃、このウイルスが漏れ、数十人の一般人が犠牲になる事件が起きた。死体解剖するも、なぜ紫血鬼へと変わったのかはどの研究者も解明できず、唯一わかったのは、筋肉は猛獣並みに発達し、上質な人肉へと変わっているということだけだった。そして、その噂を聞きつけた美食家を名乗る裏社会の人間たちがその死体を買い、食い始めた。それは、この世に存在するどの食材でも代用できないほどの旨さがあり、その噂は瞬く間に世界中の裏社会の連中に広まっていった。そして、それをビジネスチャンスと捉えた日本政府は、世界中の富豪たちに人肉を売り、莫大な利益を生み出す一大産業へと発展させていった。だが当然、供給できる量も限られている。そこで富豪たちは貧困国の人間を人身売買で買い、その者たちへウイルスを投与し、自ら紫血鬼を生み出すことを考えた。私はそうした富豪たちへウイルスを売るために、供給元である研究者と接触した。そして、ウイルスを受け取るための対価として、研究材料として求めていた語創者の死体を提供していたんだ」

 漸は矢継ぎ早に話される情報を頭の中で整理していく。目の前で話す男は国際級の犯罪者であり、話が全て嘘である可能性は十二分にありえた。だが、ワクチンの研究機関がガセであった一件から、この大疫病の背景に垣間見える闇のせいで不信感を募らせていた漸は、やりかねないと思案し──その話の真偽を確かめるため、自分がやるべきことはただ一つであるという結論に至る。

「その研究者とやらはどこにいる?」

「地下研究所だ。この建物の麓にある広場に入り口が」

 言葉の終わりを待たずして振り返り、足早にエレベーターへと向かう。

「こいつはどうするの?」

 ザイラの問いかけに黒の羽織りが翻ることはなく、短い機械音と共にエレベーターの扉が開く。

「殺りたきゃ殺れ。俺は行く」

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