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Phase474(9)

「準備はいい?」

 閉門三十分前。狩りを終えた語創者たちが続々と門へ向かう中、人気のない路地で二人の男女の声が轟く。

「……もう一思いにやってくれ」

 病院から一緒に持って来た遺体袋の中で、上半身裸で仰向けになった矢吹は、電極パッドが貼られた胸に手を当て、諦めるように目を閉じる。それを確認したノアは、AEDの起動ボタンに指を近づけた、そのとき。

「……おい、待て。嫌な匂いがする。匂ったことのある匂いだ」

 眉間に皺を寄せながらむくりと体を起き上がらせた矢吹は、ふと隣の大通りに目をやる。御影を担いだララを捉えたとき、思わず息を詰めた。

「あの女、匂いはするのに角がねぇ……。っておい、どこいくんだよ」

「あなたはここで待ってて」

 そう足早に矢吹を横切ったノアは、すぐに大通りに出た。

「そこの語創者」

「……?」

 ララとニーナは徐に足を止め振り向く。

「なぜまだ生きてる紫血鬼を担いでるの?」

 ノアの鋭い視線から自分への問いかけであることを理解したララは、表情を一切変えずに淡々と答えた。

「彼女は紫血鬼じゃない。私たちの仲間よ」

「嘘つくんじゃねぇ、俺の鼻は騙せねぇぜ」

 そこへ自慢気な面持ちで、路地から顔を出す矢吹。事情を全く知らない二人は、当然のように創筆を握り構える。

「……タイミング最悪」

「そっちのお友達の方が訳ありじゃない?」

 嫌味と共に口元を歪ませたニーナは、=gunを生成し、銃口を向けた。が、目の前の二人の関係に違和感を覚えたララは、銃に被せるように手を掛けた。

「なぜ彼女が紫血鬼ってわかったの?」

「……まだ匂いが残ってる。そんな奴連れ出したら、お前らまとめて門番に皆殺しにされるぜ」

 声の威勢こそいつも通りだが、その姿はノアの後ろに隠れ恐々としたものであった。

「その言いようだと、無事に出られる方法を知ってるように聞こえるけど」

「ああ、もちろんだ。だから今から俺は……ん、んんん──っ」

 ノアは咄嗟に口を塞ぎ、声を掛ける。

「取引がしたい。私がその少女を無事に外に出す。その報酬として、少女が目覚めたとき、どうやって紫血鬼を克服したのかを教えてもらう」

 提案を受けたララは少しの間逡巡した後、口を開く。

「あなたたちがどういう関係なのかはわからないけど、目先の目的は一致しているみたいね。いいわ、その条件で取引してあげる。その代わり、私たちはあなたを監視させてもらう。少しでも妙な真似をしたらすぐに、紫血鬼を担いでいることを密告するから」

「ええ。門から西に一キロ行った先の小さなバーまで運ぶ。そこなら警察の目も届かないわ」

「わかったわ。じゃ、よろしくね」

 以外にもあっさりと了承したララは、担いでいた御影をノアに託し、門へと向かった。

「しかし、どうやって彼女を外に……」

「AEDよ。彼のはだけた服の胸に、電極パッドが貼り付いていた痕が見えた。多分、心拍を消して、外に出てからもう一度起動して、心拍を戻す計画なんでしょ」

 そう食い気味に答えたララの横顔を、ニーナは目を眇め見つめる。

「わかってたなら、なんで……」

「それが本当に成功する保証なんてないでしょ? それに、あの紫血鬼もどきの少年に嗅ぎ付けられてなかったら、今頃門番に殺されてた。そのお礼も込めてね」


「……ルナちゃんのためか」

 再びAEDがセットされ、仰向けになった矢吹はぼそっと声を漏らす。

「別に、外に出す数が一体増えたぐらいで何も変わらない。それにあなただって、外の世界で生きていきたいなら、紫血鬼から完全に脱する方法を知る必要がある。あの二人に協力した方が得策だと思うけど」

 そう口早に反論しながらAEDの本体をこじ開けると、正常な人間に電気ショックが作動するよう、何本かのコードを引き抜いていく。

「素直じゃねぇな。ルナちゃんとは大違いだぜ」

「永遠に眠りたいの?」

「じょ、冗談だよ。心の準備はできてる。ぱっぱと済ま──」

 ピ──ン、ドスッ。

 必死に取り繕おうとする声が起動音に遮られると、朗らかな表情から一転、血色を失い、死人と化す矢吹。続けて手早く御影にも施し、二人が入った遺体袋を担いだノアは足早に門へと向かった。

 門を出た先では、いつも通り紫血鬼の遺体を担いだ語創者たちが換金を待つ列がなされており、ノアはその者たちに紛れるようにして、集合場所のバーへと足早に向かう。

「おい、そこのスペイン人」

 討伐に参加してから一年半。これまで一度たりとも掛かったことがなかった漸の声が、初めてノアの肩を掴む。

「その袋の中身は何だ?」

「仲間の遺体よ。私も仲間もカトリック教徒だから、埋葬するために持ち帰ったの」

 あくまでも平然を装いながら、用意していた口実を流暢に放つ。これまでも、仲間の遺体を袋に入れ持ち帰った語創者をノアは何人も見てきた。しかし、その者たちが門番の二人に詰め寄られている姿は見たことがなかった。

「……ほう、そりゃ結構なこった。死んだお友達も天国に行けて、さぞ喜ぶだろうなぁ」

 目を眇め、吸っていた煙草の紫煙をノアの顔に吹きかける。ノアは瞬き一つもせず、凛然と立ち振る舞いながらも、脳内ではこの場を離れる口実を必死に考えていた。そのとき、突如、換金を待つ列から火が巻き起こると同時に、二人の男の怒号が飛び交う。

「おい、テメェ! 俺の獲物に何してくれてるんだ⁉」

「アンッ⁉ 知らねぇよ、勝手に燃えだしたんだ」

「嘘つくんじゃねぇ、死んでる奴がいきなり燃えるわけねぇだろッ!」

 それは、漸の疑念で満ち溢れた眼差しを数メートル離れた場所から捉えたララが、列の間を潜り抜けるふりをして、並ぶ一人の語創者が担ぐ遺体に=fireと記し、発火させたものであった。

「……ったく」

 漸は嘆息を吐き、投げ捨てた煙草の火を靴裏ですりつぶすように消し、仲裁へ向かう。そうして何とか尋問から免れたノアは、すぐさまその場を立ち去り、バーへと向かった。

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