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Phase474(8)

 ぶたれ続けていた御影の顔は、最終ラウンドを戦っているボクサーのように内出血が膨れ上がっていた。それでもまだ足りないと言わんばかりに、一心不乱に殴り続ける民藍の瞳には、復讐の焔がめらめらと燃え盛っていた。

「ハァ、ハァ……、これが最後ネ」

 一族全員分の数の殴打を終えた頃、右手の白骨化は手首にまで迫っていた。

「……どうして」

 左の人差し指に創語を書いていた民藍の手が止まる。

「どうして、そこまで一族のために頑張れるの」

 その返答に少しの逡巡もなかった。

「怒りがそう囁くからネ」

「……怒り」

 そう静かに反芻した言葉が脳裏突き刺ささったとき、湧き水のようにあの日の記憶が鮮明に蘇り、脳内を埋め尽くす。

「だけど、それも今日で終わりネ。あなたを殺して全部──」

 言葉が止まる。その瞬間、同時に民藍の心臓を一本の白骨の人差し指が勢いよく貫くと、吐血した血が飛沫となり御影の顔全体を覆う。

「ぐふっ……」

 心臓が鳴りやむと、そこから全身を浸食するように白骨化が始まり、全身の機能が次々と停止する。それでも尚、凄烈な執念が民藍を突き動かすと、体内に僅かに残る生命力を全て指先に注ぎ、じりじりと御影の額に迫る。


 その姿は御影の脳内に蔓延る記憶と重なる。


「……」

 激しい抗争が終息すると同時に、御影は隠れていた机から身を出す。襖は血飛沫に染まり、床には横たわる数十人の死体。その中でたった一人、唯一虫の息で命を繋ぐ父に駆け寄る。

「……御、影……」

 いつもの有り余る精気に満ち溢れた姿とは正反対の様子を目下に捉えると、先程まで渦巻いていた怒りの感情が徐々に形を変えていく。

「……こんな、父親を……」

 細い言葉と共に、震える手が顔へ伸びる。

「どうか……ゆる」

 パンッ──

「え」

 風前の灯火の声を引き裂くように御影の背後から飛んできた銃弾は、戸津沼の眉間を貫き──傷口から吹き出した鮮血を浴びた御影の額にコン、と軽く当たった戸津沼の人指先は、御影の顔をなぞるようにゆっくりと縦断し、地面に落ちる。

「……」

 地面にひれ伏すように倒れる父親を眼下に茫然自失となる御影。そこへ発砲者が近づくと、ポケットから取り出した注射針を御影の首元へ、のめり込ませるように突き刺す。

「さぁ、怒りの奴隷になりなさい」

 身体中が熱く、息は乱れ、鼓動が早まり、これまでの記憶が次々と消え去って行く。やがて全身にウイルスが行き渡ると、意識が薄れていき──父親の隣へ頽れていく。

 狡猾な笑みを浮かべたロメロを視線の端に捉えながら。


 迫る指先が額に触れようとしたまさに寸前。民藍は完全に白骨の屍と化すと、創語の効力が消えた指が額をコン、と突く。


「……ゆるしてくれ」


 あのとき、戸津沼が紡げなかった言葉が、御影の心身に爆散される。

 ピキッ──

 その言葉に呼応するようにヒビが入った角は、ぽろぽろと先端から崩れていき──同時に紫色の涙が頬伝う。

 そこへ、ロメロが麻酔弾を抜いた際に出血した数滴の血を=working dog(使役犬)に嗅がせ、屋敷に辿り着いたララと、応急処置を施したザイラを背負ったニーナは、その異様な構図に息を吞む。

 性別すらもわからない二体の骸骨と、前方で顔面を腫らし横たわる少女。一見、どちらも紫血鬼の餌食としか思えない有様に、一抹の疑問を抱いたララは恐る恐る二人に近づく。虫の息の少女の周囲に散らばった角の破片を捉えた瞬間、思考にかかった靄が一気に吹き飛ばされると、我が子を扱うようにそっと抱き上げた。

「そんな子供、連れ帰って……」

「ただの子供じゃない。もしかしたら、全てを解決する救世主になるかもしれない」


 気がつけば民藍への苛立ちも消えていたソヒョンは、体内の血を闘志という熱でふつふつと煮えたぎらせていた。

「なんや、全然ビビれへんやん。死ねへんって意味わかってる? 絶対に殺されへんってことやで?」

 嫌味を帯びた声が鼓膜を打つと、それを出すように短く鼻から息を出す。

「これから、身をもって学ぶことになる。生は死と共存することでしか成り立たないってことをね」

 言い終わると同時に、=smoke grenadeで視線を切ると、立て続けに生成した=assault rifleを煙越しに連射する。が、煙を突きぬけ桑原に着弾した銃弾は、まるで壁にぶつかったように勢いを失い、地面へと落ちていく。御影の能力で作り出された紫血が練り込まれた堅固な白骨は、語創で作られる全ての攻撃を跳ね除ける。

「だから言うてるやろ、無理やって」

「……ッ」

 ソヒョンは間髪入れず嘲笑うような声を遮るように、=poisonous gas grenadeで再び視線を切る。

「なんべん言うても、わからん奴やなぁ」

 繰り返される攻撃に呆れるように溜息を漏らすと、自ら毒ガスの中に入り、煙越しに薄っすらと浮かび上がるソヒョンの影へと襲い掛かる。

 しかし、その先にいたのは=avatarで生成された、身代わりの人形で、それを認識した瞬間、背後の煙から=powerと記された両腕が桑原の胴体を締め付けるように絡まる。

「チッ、めんどくさいなァ──ッ!」

 見た目には変わりはないが、=powerで増強されたソヒョンの両腕に圧迫された桑原の体は、パキパキ、と撓る音を立てながら、圧迫されていく。

 ガスマスクを装着したソヒョンを視界の端に捉えもがく桑原は、先程までの余裕が嘘だったかのように息を荒げ、咄嗟に十本の爪を両腕に突き刺す。

「──ッ」

 傷口から滲み出る鮮血と走る激痛に、あまり感情を表に出さないソヒョンですら顔を歪め──すぐして耐え兼ねると、残る力を振り絞り、数メートル先にあるため池へと放り投げた。

「おうおう、えらい派手にやってくれたやんけ……」

 盛大な水飛沫と共に着水した桑原は、全身から水滴を滴らせながら体を起こし、びしょ濡れになったスカジャンの端をぎゅっ、と絞る。

「お返しにこっちも派手にやりかえ……。⁉」

 その刹那、スカジャンの右ポケットが突如として凍てつき始め──妙な違和感を覚えると共に、恐る恐るポケットに手を突っ込むと、そこから出てきたのは、=freezeと記されたカードであった。

「……死を恐れなかった罰よ」

 すぐさま捨てようとするも、既に指先とカードが接着するように凍り付き、手放すことができない。

「く、クソ女がァァァァァァッ────……」

 全身に纏った水滴が瞬く間に凍り付いていき──憤怒の雄叫びが飲み込まれた頃、ため池の全ての水も氷床と化した。

「ハァ、ハァ……」

 ガスマスクを外すと同時に、=powerの反動で全身の筋肉の活動が停止したソヒョンは、重力に押しつぶされるように倒れ込む。

 意識ははっきりしているのに、指の一本もまともに動かすことができない不甲斐なさに愕然としていると、遠くから微かに砂利が擦れる音が聞こえ──それは少しずつ、着実に大きくなっていき。

 ジャリッ。

 耳元で鳴り止んだ。

 敵か、味方か。咄嗟に淡い希望を含んだ二択が頭を駆け巡る。が、常に死と隣り合わせのこのドーム内において、後者であることは望み薄であることを察したソヒョンは、死を覚悟するようにそっと瞼を閉じた。

 そのとき、首元に何か尖った物が触れた触感を得ると、反動で得た疲労が地面へ抜けていくかのように取り除かれていき、十秒も経たない内に全身は戦闘前の体に戻った。

「……。」

 ソヒョンは、ほんの僅かな希望の光を手繰り寄せることができた幸運さを噛みしめながら、救世主に視線を移し──「──⁉」最初に目に飛び込んできたのは、赤みがかった二本の角であった。

「……ねぇ、殺し屋さん。殺して欲しい人がいるんだけど」

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