Phase474(6)
「着いたネ」
民藍とソヒョンは足を止め、ふと顔を上げる。
閑静な住宅街に突如として現れたのは、場違いも甚だしい鋼鉄の大門。民藍は右上に掲げられた『戸津沼』と刻まれた木製表札を鋭い目つきで一瞥し、持ち前の腕力で押し開けていき──奥には、サッカーのハーフコート程の敷地面積に広大な屋敷が広がっていた。
「気をつけるネ。見張り、一杯いるかもしれない」
「いてくれたほうが、退屈じゃなくて助かる」
相変わらず、精悍な表情で言葉を吐き捨て先に進むソヒョン。その背中から滲む静かな殺気を感じ取った民藍は、呆れたように鼻を鳴らし、歩みを進めた。
「どうしてだ? 先月よりも少ないじゃないか」
その屋敷の最奥では、部屋の隅に積み上げられた数体の語創者の死体を見て、文句を垂れるロメロと、飄然と窓の前に立ち尽くし月を眺める少女、戸津沼御影がいた。
「殺した数は同じ。黙って受け取って」
矮躯の体には少し大きい白のスウェットの袖を少し上げ、黒のショートボブヘアを耳に掛けると、首筋から目尻にかけ掘られた様々な色の花の刺青が露になる。その頭上には、二本の角が生え──更にその間の前頭葉に当たる部分からは、三本目の角が顔を出している。
ロメロは敬いの念の欠片もない口調に苛立ちを覚えながらも、渋々懐へと収める。
「父の容態は?」
「あぁ、もちろん。順調に回復している。だから、お前は目の前の仕事に集中しろ。これからも治療を続けて欲しいならな」
そう言い放ち部屋を出ようと襖の取っ手に手を掛けたとき──逆側の襖から、ドンッ、と物騒な物音が鳴り部屋の中に飛び込んできた。
「今日はやけに来客者が多いな。俺はこれで失礼する。また一か月後、楽しみにしているぞ」
御影はロメロの狡猾な声にも、外で鳴る物音にも反応することなく、ただひたすらに、煌々と輝く月を眼に映し続けていた。
模様多彩な数十匹の鯉が泳ぐため池に、天まで突き抜ける勢いの巨大な松の木。その庭園をイメージして作られた広大な中庭に舞う砂埃。
最奥部まで辿り着き、=bugで最も強い紫血鬼がいるであろう部屋を特定した二人は、見張りについていた男に対し、左右から挟む形で奇襲を仕掛け──が、ことごとく防がれるや、すぐさま飛び退り距離を取った。
「いきなり出て来て暴力かいな、お嬢ちゃんたち」
濃紺のスカジャンを着た二本角の男、桑原は、肩まで伸びた髪を後ろへと掻き上げる。そうして露になった皮のない顔面に、思わず二人は言葉を失う。
「せめて、自己紹介ぐらいはしようや」
「……なんで骸骨が喋ってるネ」
訝し気に眉をひそめ、言葉を漏らす。
「角生えた奴等がうようよ蔓延る町や。皮がない奴が一人ぐらいおっても、別に大したことないやろ」
桑原はカチカチカチと高速で三回歯嚙みすると、スカジャンの袖を少し上げ、白骨の両手を拳銃の形にし、二人に向け──「ばんっ」と唐突に漏らした無機質な言葉と共に、向けた人刺し指が凄まじいスピードで二人へ伸びる。
その奇襲に対し、咄嗟に反応した民藍は身を翻し、同じくソヒョンもすんでのところで避けると、桑原の懐へと走り込む。
「私は奥にいる奴と戦いに来たの。だから、早く死んで」
ソヒョンは背に携えていた刀を抜き、そのままの流れで切先を心臓へと突き刺す。が、どれだけ力を込めても、石に突き刺しているかのように静止したまま動かない。
「⁉」
「冗談キツイわ。身の程わきまえた方がええで。俺みたいになる前に……。ん」
その隙を狙って民藍は桑原の背後にあった襖を蹴破り、部屋への侵入を試みる。
「後は任せたネ」
「行かせるかいなっ」
桑原は駆けて行く民藍の背を掴むように手を伸ばすと、五本の指が一斉に伸び、民藍を囲い込む。
「しまいや、嬢ちゃん」
乾いた言葉と共に収縮し締め付けた瞬間、民藍は思い出したかのように絡みついた白骨の指に=slipと書き記す。指からはマザーのときと同様のぬめった液体が滲みだし──簡単に拘束から抜け出すことに成功した民藍は先を急いだ。
「あー。また怒られるやんけ、これ」
「あいつ……」
口をあんぐりと開き、離れていく民藍の背中を見つめる桑原。その隣で雑用のように敵を押し付けられ苛立ちを覚えたソヒョンは、桑原の開いた口に=grenadeを突っ込み、すかさず後を追う。
「あ」
口ごもった一文字が、直後盛大な爆破音に掻き消される。その音で桑原の死を確信したソヒョンは、気にも留めず足を進めていた──そのとき、突如爆煙から伸びた一本の白骨指が右太ももに貫通すると、激痛に耐え兼ねたソヒョンは態勢を崩し、その場に倒れ込んだ。
「……さすがに、二人は行かされへんわ」
爆煙の中から漏れる、重くじっとりとした関西弁。痛みに耐えながら立ち上がると同時に、何故か不敵な笑みが込み上げてきたソヒョンは、緩慢と問う。
「あなた、死ねるの?」
晴れた爆煙から現れたのは、着ていたスカジャンすら無傷の桑原の姿。
「死なれへん体になってもうたんや」
ロメロが去り、沈黙が戻った室内で佇んでいた御影は、ふと窓から視線を切り、書斎スペースへ向かう。壁一面には菊の花の家紋と、『仁義』と荒々しく書かれた掛け軸が飾られており、隣の棚には鶴が描かれた大皿と、日本刀が並ぶ。御影はそれらに囲まれる黒皮の椅子に付着した血痕にそっと触れ、目を閉じる。
永遠と脳の奥底で渦巻く、胡乱な記憶を求めて。




