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Phase474(5)

 呱呱の命令通り裏口を見張っていた弐斗無は、灰煙が薄れ、徐々に浮かび上がる人影を捉えるや、背中に収めていた刀の柄をぐっと握った。

「てっきり逃げたかと思ったよ。ていうか、何で一人?」

「今にわかるわ」

 ニーナは淡と言葉を吐きながら、黒シャツの右袖を上げ、地肌に=invisibleと書くと、指先から徐々に透明になっていき、ほんの数秒で全身を消した。

 ララが瓦礫に書き記したone to one struggle(一騎打ち)という文字を見たとき、事前に作戦など決めていなかったものの、次にララが起こす行動や自分がやるべきことが自然と理解でき、自然と状況を作り出すことに成功した。それは偏に、両者がこれまでの数多くの戦場で培ってきた経験則が生きたものであった。

「ねぇー。まだそんなめんどくさいことするのー?」

 上を向き、気だるそうに声を発する弐斗無をよそに、ニーナは部屋の隅まで移動し、生成したスナイパーライフルを構え、スコープを覗き込み、額の中心に照準を合わせる。

 ドイツ連邦警察の対テロ特殊部隊GSG-9は、ヨーロッパ諸国の複数存在する特別部隊のなかでも、主導的な立場にある部隊の一つであり、卓越した身体能力を持ち、且つ厳しい訓練に耐えた精鋭たちが集まる部隊であった。その中でもニーナの射撃精度は群を抜いており、いつしか敬仰の念を示す代名詞として、『GSG-9の悪魔』と呼ばれるようになった。かくして、遠距離戦での交戦を得意としていたニーナは、遠距離武器の耐性が低い弐斗無と相対すのは必然であった。

「あれ、もしかしてだけど。遠距離からの攻撃だったら、簡単に倒せるとでも思ってる?」

「──」

 息が止まる。同時に指に掛けたトリガーを引く。

 銃弾は寸分の狂いもなく、弐斗無の額へと向かい──着弾するコンマ数秒前。咄嗟に刀を抜いた弐斗無は、人外の超反応で迫る銃弾を切り落とし、紫血へと融解させる。

「やっぱり、そう」

 ガンッ──

 予想が的中し、得意げに放った言葉を遮るように、立て続けに放たれた二発目の銃弾が、弐斗無の足元に突き刺さる。

「あれあれ? 動揺しちゃって外しちゃって──」

「動かないで。少しでも動けば、引き金を引く」

「……」

 こめかみにハンドガンの銃口を押し付けられた弐斗無は、凍ったように身を固め、このような状況になってしまった理由を必死に考える。が、数秒前までは人の気配すら感じなかったことに加え、弾が飛んできた距離からどう逆算しても、こんな短時間でゼロ距離まで近づくことなど、到底不可能であった。

「どうやって……」

「常に先手を打つ。戦場の鉄則よ」

 冷然と言ってのけるニーナの姿が徐々に露になっていくとともに、足元では、表面に=teleportationと書かれた銃弾が紫血へと融解していく。

 銃弾に反応する程の反射神経を持ち合わせていることは、想定内であり、一発目の発砲は、二発目の発砲を確実に通すための囮であった。

「あの男について知ってることを話して。そしたら命だけは助けてあげる」

「あー、一気に形勢逆転ってわけね」

 吞気に呟く弐斗無の弛緩した態度を引き締めるように、ニーナは今一度銃口を強く押し当てる。

「あの男の目的は何? 一年半前に起きた出来事と何か関係があの?」

「……お姉さん、ほんとに何も知らないんだね」

 トーンが少し下がった声を漏らし鼻で笑うと、泰然と握っていた刀を地面に落とす。

「できることなら、あなた達を助けたい。あの男の情報が何かの手掛かりに」

「嘘ばっかり」

 固く、湿った、無色な声が遮る。そこには、これまで帯びていた無邪気な言葉の丸みは、もうどこにもない。

「全部……。全部、お前たちが始めたことなのにッ!」

 部屋中に怨嗟の声を響かせ、殺意に満ちた双眸を向けた──刹那、両手の爪が急速に伸び。

 パンッ──

 忠告に背いた罪を裁くかの如く、頭を貫く銃弾。それは弐斗無の全ての機能を停止させ、屍へと変える。

「……」

 ドンッ。と体が地面に倒れる鈍い音が、ニーナの心を打つ。

 断罪の疑念と、贖罪の肯定との狭間で揺れ動く心に。


「……」

 微かに意識を取り戻した呱呱は、まだ生きていることを不思議に思いながら、眼球だけを動かし周囲を見渡す。そして胴がケーブルが張り巡らされた木製の電気椅子に固定され、両手両足が革紐で縛られていることを確認したとき、生かされている理由を理解した。

Bonjourおはよう

 それに気づいたララは、幾本もの銀色の針を手に持ち、呱呱の目の前に腰を下ろす。それらの針の長さは均一であったが、太さは多種にわたり、中には鉄串と見間違いる程太いものまであった。

「ねぇ、知ってる? 指先ってさ、人間の体で一番神経が集中しているところなんだって」

「……?」

 奇妙な薀蓄を垂らしながら、髪の毛三本分程の太さの針を選び取り、それを体現するように呱呱の指先に近づける。

「どんな些細なことでもいいの。あの男について知ってること話してくれない?」

 それでも尚、睨みを利かし頑として口を開こうとしない姿勢を見て取るや、ララは短い嘆息を吐き、ゆっくりと、分厚い布を貫くように、人差し指の爪の間に針を刺し込む。

「んンヅッ、アァァァァァァァァ────」

 凄惨。それを物語る絶叫に似た悲痛の叫び。

 その叫び声を真正面から浴びたにも拘わらず、何も起きなかったかのように、ララは平然とした面持ちで再び口を開く。

「私ね。子供のときに見た戦争映画で戦ってる兵士の姿に憧れて軍に入ったの。でも、たまたま皆よりも頭が切れるからって、戦場にでられなくて、ずっと現場を指揮する側だった。だから、国からこの話を貰ったときは嬉しくて、二つ返事で了承したわ」

「……ハァ、ハァ」

 先程のよりも一回り太い針を持ち、同じ要領で中指に触れる寸前で停止させる。

「ねぇ、まだ話す気にならない?」

 そう項垂れる呱呱に優しく語りかけると、呱呱は徐に顔を上げ、ララの顔面に勢いよく唾を吐きかけた。

「……ふざけんな、サイコ女がッ!」

「……。ふふっ、ハハはっ、ハハハっ──!」

 直後、何故か破顔したララは、高らかに奇妙な笑い声を上げると、近づけていた針を床に落とし、懐から取り出した赤いボタンのスイッチへと持ち替え。

「じゃぁ、もういいや」

 それが、呱呱が聞いた最後の肉声であった。

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