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Phase474(2)

 着いた先の病院は何階層も連なる大病院ではなかったものの、サッカーコート二面分程ある中規模で平面に広い設計であったため、二手に分かれて探すことにした。

 院内では戦闘により幾本もの蛍光灯が割れて薄暗く、床にはその破片と腐敗した語創者の死体が辺りに散乱しており、辺りには白を基調とした院内を彩るように血痕が付着していた。

「ひでぇ匂いだな……」

 矢吹は指で鼻をつまみながら等間隔に設置されたガラスケースを確認していくが、どれも戦闘の煽りを受け破損し、とても使用できる状態ではなかった。

 やがて合流した二人は、互いの手元を見て浅いため息を吐いた

「だめだ。あったとしても全部潰れてる」

「こっちも同じ……」

 ノアはどうするか思案していると、通路の最奥に点灯する『手術室』と白地で書かれた赤い長方形のランプが目に付いた。

「あの中は?」

「まだ見てねぇけど……」

 歩きだしたノアの肩を掴んだ。

「待て待て。あのランプが光ってるってことは誰かがいるってことなんじゃねぇのか? わざわざ面倒ごとに首突っ込むなら、他のとこ探しに行こうぜ。AEDだったら駅にだって」

「……っ」

 矢吹は矢継ぎ早に言葉を並べている最中、突如ノアが顔を歪め腹部に手を当てる。するとそこから出血が始まり、服に血が滲み渡っていく。

「……本当にここから出たいなら、私の指示に従って」

 吐息混じりの声に、矢吹は全てを察したように黙り込み奥へと進んだ。

 ドアの前に着くも、故障したセンサーは反応せず、矢吹は重々しいステンレスの扉を力づくで開く。二人は最大の注意を全方向に向け、前方に広がる数メートルの廊下を中へと足を踏み入れた。しかし一向に人の気配は感じられず、二人は難なく廊下を抜けると、もう一枚のステンレス扉を開き、手術室へと入った。

「……あった、あったぞ!」

 そこには狙い通り、寒色で揃えられた設備の中に、ぽつりと居心地が悪そうにあるオレンジ色の袋が壁に備え付けられていた。一方ノアは、銀色の棚からアルコールをはじめとする治療道具一式を取り、中央にあるベッドへ横になった。

 服をみぞおちの辺りまで捲り上げ露になる痛々しい傷口。それを目にした少年は思わず憂わしげに口を開く。

「おい……、大丈夫かよ。な、なんか他に必要なもんは」

「……大丈夫。黙って外を見張ってて」

「お、おう……」

 反発心を煽る命令口調にもこの時ばかりは従順に従い、後退るようにしてその場から離れようとした。

 ガンッ!

 その刹那。廊下の入口から耳をつんざくような轟音が鳴り響くと、二人は反射的に音の方向へ視線を向ける。

 がつっっ……。がつっ……。がつ……。

 ヒールが床を叩くように、硬い物と床がぶつかり合う音が等間隔に廊下に響き、回数が重なるごとに大きくなっていく。

「来る……」

 ただならぬ気配を察した矢吹は判断を仰ごうとベッドへと視線を戻す。が、既にベッドから下りていたノアに手を取られ、されるがままに引っ張られると、そのまま機材の裏へと引き込まれた。

 ……がつ。

 同時に足音が止まり、今度は音を立てずにゆっくりと扉が開かれる。

「グルルル……」「……⁉」

 扉の隙間から漏れた恐怖心を煽る音を耳にしたノアは肌を粟立て。

「なんだあいつ……」

 機材の隙間から覗く矢吹の目に映ったのは、全身から骨が突出した男の姿。男は突出したあばらを器用に動かし、周囲を乱暴に物色していく。そんな芸当を持つ男はこの世界でたった一人しか存在しない。

「あれが俺らの成れ果てか……」

 初めてフランクを目にした矢吹は、恐れながらも食い入るようにその動向を見る。

 やがてフランクはベッドに付着したノアの鮮血を見つけると、指の腹で掬い舐めた。すると、何かに気づいたように周囲を見回し──視線を二人がいる機材に止める。

「おいおいおい……」

「……逃げるよ」

 もしもここで存在に気づかれ戦闘に発展した場合、部屋の構造上、分はフランクにあると踏んだノアは、ベッドから下りる際に持ち出したメスを出口と逆の方向へ投げ──カランッ。気を取られ視線を逸らしたことを確認すると同時に、全力で出口へ駆ける。

「グルッ⁉」

 拡張された視野の広さで片目で二人を捉えるも、気づいた頃には既に手が届かない位置まで離れていた。

「このまま出口まで──」

 手術室の扉を出て廊下へ差し掛かったとき──先に捉えた場景に二人の足の回転が緩まり、やがて完全に止まった。

「嘘だろ……」

 最初に耳にした轟音。ノアはそれを、フランクが入って来る際に、扉を破壊し発生させた音だと思っていた。しかし今、中心部分から見事に歪み、二人を足止めする鉄壁へと変化した目の前の扉が物語るように、音を立てずに入って来た後、内側から扉の中心に向け放った突きの音だった。

「グルルッ!」

 袋小路と化した廊下で立ち尽くす二人を嘲笑うように喉を鳴らすと、二人諸共なぎ倒す勢いでラリアットを放つ。咄嗟に体を屈めて避けた二人は、まだ逃げ場が多い手術室の方へ再び戻った。

「……もう()るしかねぇ」

 出入り口以外の逃走経路は存在せず、殺るか殺られるかの二者択一の状況に、矢吹は鼓動を速め、焦りを滲ませる。

 ノアはこれだけ人間離れした格好に反して、高い戦闘知能に違和感を覚えながらも、部屋の隅々まで目を凝らし、武器になりそうなものを探す。その傍ら、矢吹は左掌を爪で一の字に切り、一本の金属バッドを生成する。

「もっとマシな武器作れないの?」

「……これが精一杯だ。誰かさんの妹のおかげでなっ!」

 そう皮肉混ざりの苦笑いを浮かべグリップを強く握りしめると、戦闘の口火を切るようにフランクへ飛びかかる。

「うぉぉぉぉぉ──」

 真向から振り落とされた気合の一振りが唯一骨が突出していない頭部へと落ち──しかし、覚醒を遂げたフランクにそんな安直な攻撃が通るはずもなく、庇うように左手の甲を掲げると、そこから突出した骨が如意棒の様に伸び、金属バッドの芯をいとも簡単に貫く。そしてそのまま左腕を凄烈に薙ぎ──バット諸共投げ飛ばされた矢吹は、壁に強く全身を打ちつけた。

 直後、視線誘導のために投げたメスを拾ったノアは、矢吹に気を取られた僅かな隙をつくように投げるも、紫血で形成されていないそれは当然の如く硬皮に跳ね返され、掠り傷一つ負わせることもできない。

「勝ち筋が全く見えねぇ……」

 顔を歪ませながら立ち上がると、投げ飛ばされた衝撃でぐにゃりと折れ曲がったバットを投げ捨て、再び新しい物を形成する。

 創筆が使えない以上、少年の武器に頼らざるを得ない状況であったが、その唯一の頼みの綱は金属バットのみ。加え、ノアが使える武器も少年を脅す手段として、最後の紫血で生成した残弾数一発の拳銃のみという絶望的状況に、ノアの心中に灯る希望の光は既に風前の灯火であった。

「グルルルラララアアア──」

 そこへ光を完全に吹き消すかのようなフランクの咆哮が響くと、全身の骨が先程の甲のように伸び、周囲にあった機材、ベッド、棚、全ての物を貫いていき──全ての物の所有権を得るや、体を力づくで一回転させ、貫いた物全てを散乱させるように投げ飛ばした。

 苛烈な勢いを保ったまま四方八方に投げ飛ばされていく物たち。それらは当然のように二人にも襲い掛かると、ゆうに数十キロはある鉄製の棚がノアに直撃し──衝撃で壁に打ち付けられるように飛ばされると、壁とベッドに挟まれ一切の身動きが取れなくなる。一方、矢吹へは大型のモニターが襲い掛かかり──しかし間一髪のところでバッドを振り下ろし何とか目の前で打ち落とすことに成功した。

「おい、大丈夫か⁉」

 ノアの元へ馳せ参じた矢吹はベットの下から流れる夥しい量の血を目にするや、慌ててノアとベッドの間に生じた僅かな隙間に指を掛け、ありったけの力を込めてどかそうと試みる──が、一般的なベットの数倍の重さがあるそれは微動だにしない。埒が明かないと察した矢吹は、思いついたように隙間にバットのグリップ部分を刺し込み、てこの原理で一時的にノアが逃れられるだけの隙間を作ろうと試みた。

「動けえええっ……!」

「……っ、後ろっ!」

 その状況を高揚するフランクが黙って見ているはずもなく──掌から突き出した槍のような骨を、ただ矢吹の心臓一点だけを見据え伸長させる。

「⁉」

 ノアの声に反応し振り向いたときには既に、避けられない距離に迫っていたそれを、矢吹は反射的に咄嗟に体を横に向け、肩でそれを受け止め、何とか致命傷を回避した。

「くあッ!」

 引き抜かれると同時に血飛沫が上がる。咄嗟に傷口を抑え出血を遅らせるも、深くまで刺し込まれたことが相まって、とめどなく血が溢れ出ていき、それに比例するように戦意は失われていく。

 一方ノアの傷口からの出血も酷く、次第に意識が朦朧となり、視点は乱れ、音が遠のいていく感覚に襲われる。

 フランクの圧倒的暴力の前にひれ伏す形となった二人は、もう万事休すかに見えた。

「──姉さん」

 そのとき、いるはずのないルナの声がノアの鼓膜に響き──その天からの囁きのような、慈愛に満たされた声でわずかに生気を取り戻したノアは、見えない何かに誘導されるように視線を床に落とす。そして、一本の転がった消毒用アルコールボトルが目に入ったとき、天啓を得たような感覚に襲われ、心中に灯っていた光が一気に明るさを取り戻す。

「……これを打って」

 そう差し出されたボトルを見た矢吹は戸惑いを隠せずも、意味を問い詰める時間など微塵もないことを察し、すぐさまそれを手に取る。

「……ふんっ。もうどうにでもなれっ……‼」

 慣れた手つきでボトルを宙へ放り投げ、体に染みついたような軽やかなバッティングでボトルを打ち──抜群のコントロールで風を切りながら一直線にフランクの元へ飛んでいく。

 フランクにとってそんな見え透いた攻撃は、今更何の脅威でもなく、掌の骨槍を薙ぎ易々と真っ二つに両断し──直後、ノアは不敵な笑みを浮かべ懐から拳銃を取り出し。

「……彼女の死を、償いながら死になさい」

 中身のアルコールが飛沫を上げフランクの全身にかかった刹那──銃口から発射された一筋の弾丸は一本の骨を掠り、その摩擦で火花が発生し──「グルッ……⁉」そこが火種となりアルコールに引火すると、みるみるうちにフランクの全身は炎で包まれていく。

「グルルルラララアアア──‼」

 凄惨な叫びを上げ、体を捩り悶え苦しみ──だが、そんな状態でもフランクの殺意は治まるところを知らず、全身の骨を最大限に伸長させると、天井を刺し、床を削り、周囲の物を全てを破壊しながら暴れ狂い──苛烈な一閃が矢吹の鼻上を掠める。

 ……ゴクッ。

 あと数センチずれていれば、あと数センチ長ければ、今頃どうなっていただろうか。肝が縮むような想像が次々と頭を過っていく。

 ゴクリ──

 からからに乾ききった喉へ流れ込む固唾の感覚だけが、そうならなかった今の自分の存在を実感させると、矢吹の目から恐怖の類の色が消え失せ──同時にフランクの体が焼き尽くされるのを待つという保守的思考も消えた。

「まだ死ねねぇ……。生きて……、生きてもう一回、ルナちゃんと会わなきゃいけねぇんだ‼」

 熱く豪語すると同時に掌に一つ硬球を生成するや、ボトルと同じ要領で宙に放りあげる。

「喰らえッ──‼」

 渾身の一振りを炸裂させると、弾丸の如く勢いを得たボールは、フランクの口へ入り──尚勢い衰えずそのまま喉を抉り、脊髄を破壊し、最終的に首を貫通した。

 直後、フランクは口をあんぐりと開いたままピタリと静止し──膝から崩れ落ちるや、その全身は灰になるまで炎に焼き尽くされた。

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