Phase474(1)
Phase 474
開門時間が午前零時となった理由。それは万が一、ドームから鬼たちが出てきてしまった際に、一般人への被害を最小限に食い止めることができるからというものであった。が、それはただの表向きの理由に過ぎず、本当は夜行性であった紫血鬼の行動時間に合わせることで、一度のフェーズでより多くの討伐が期待できるからであった。
そしてまた坊主頭の少年も、意識を朦朧とさせながら零時きっかりに目を覚ます。普段は感じない強い怠さを覚えつつ立ち上がろうとしたとき、初めて体の自由が利かないことを知り、靄がかった意識が一瞬にしてクリアになる。
「……ぁ?」
周囲の見慣れない風景に加え、胴へぐるぐるに巻かれた縄。矢吹の頭にふと疑問符が浮かぶ。何故自分はこのような状態なのか。一度目を閉じ、逸る鼓動を抑え追憶を始める。
「やっと起きた」
覚えていた最後の記憶を掴んだとき、周囲の見回りを終えたノアが矢吹の元へ戻って来る。
「……てめぇ、さっきよくも撃ちやがったな!」
「喚かないで。ただの麻酔銃よ。信頼関係がない中であれが最善の策だった」
「……チッ」
矢吹は怒りを嚙み殺すように歯嚙みし、眉根に皺を作る。
「そんなことより、さっきの話の続きを話して。どういう経緯でルナと出会ったのか」
「なんでそんなに知りたがるんだ⁉ あんたはルナちゃんの何なんだよ!」
想定していた返答と異なる叱声がノアの癇に触れると、皺の中心に銃口を強く押し付け、高ぶった感情を抑圧する。
「もう一度ルナの姉として聞く。どういう経緯でルナと会ったの? 返事次第では、今度は実弾が頭を貫くわよ」
「……チッ、わかったよ。あれは多分三日前ぐらいだった。俺がいつものようにハンターに追いかけられてたとき、突然目の前に現れて囮になってハンターから助けてくれたんだ」
その光景が頭に浮かぶや、少々荒い口調で矢吹に詰め寄る。
「そのとき、ルナはどうなったの、怪我は?」
「……いや、怪我するどころか塵一つ被らずに相手を瞬殺した。驚く暇もなかったよ。それで聞いたんだ。何で見ず知らずの俺を助けてくれたのかって。じゃぁルナちゃんは、『あなたは助かるべき人間だから』って。それで……」
不自然に言葉が途切れると、何故か矢吹は頬を赤らめる。対しノアは、続きを急かすように押し付ける力を強めた。
「隠さないで! 知ってること全て話すのよ!」
その一喝に気圧されると、意を決し続きの言葉を紡ぐ。
「キス……、されたんだ」
「……キス?」
「う、嘘じゃねぇぞ。こっちからした訳でもねぇ。あっちから急にしてきたんだ……。で、夜通し色んな話してその日は別れた。そしたら次の日辺りから急に能力が使えなくなって、今に至るってわけだ」
「……。」
ノアは姉として誰よりも近くでルナを見てきたという自負があった。そして自分が知っているルナは、男性に対し積極的なタイプではなく、ましてやいきなり見ず知らずの男性にキスをするなど、到底馬鹿げた話であった。が、わざわざ命の危険に晒される中でそんな話をするメリットなど一ミリもなく、且つ少年の体に随所に現れている生理的反応を目にしたとき、喉元まで上がっていた叱咤の言葉がすっと引いていくのがわかった。
「約束は守ったぞ。次はそっちの計画を聞かせてもらおうか」
日本に来て一年と数ヶ月が経った今、やっと手にした貴重な手掛かりを逃すわけにもいかず──とにかく信じるしかないと、自分に言い聞かせるようにして拳銃を下ろし、矢吹を縛っていた縄を解いた。
「まず大前提として死んだ状態じゃないと、匂いと心拍で気づかれて外には出られない。だから、あなたは一度死ぬ必要がある」
「おいおい、せっかくこっちは腹割って喋ってやったのに、馬鹿にすんのもいい加減にしろよ⁉ 死んだらもうそこで終わりじゃねぇかよ!」
「うだうだ喚かないで。ちゃんと策は考えてある」
呆れ顔を浮かべた後、数十メートル先に建っていた病院を指差す。
「厳密に言うと一時的に死体に変える。AEDの電気ショックを使ってね。そしてドーム外の警察の目の届かない場所でもう一度電気ショックを流して蘇生させる」
「イカれてる……」
矢吹は鬼を見るような目でノアを見つめ、ゆっくりと首を横に振る。
「だとしても、それ以外に方法はない。生きたままドームから出れば、私も貴方もその場で切り伏せられて終わりよ」
「……わかった、わかったよ。じゃぁ、早いとこ必要なもん取って来てくれ」
「貴方も一緒に来るのよ」
その一言で、矢吹は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「安心しろ、俺だって外に出たいんだ。心配しなくても、逃げたりしねぇよ」
「そんな心配一ミクロンもしてない。私の護衛として来るのよ」
毅然とした口調で、思考の死角へ言葉を刺し込むノア。
「はぁ⁉ 何で俺がわざわざお前を守るんだ⁉ 敵ならそのペンで殺れるだろ? ってか、そもそもそのペンでAEDを作りゃいいじゃねぇかよ!」
「いえ。もう創筆は使えない」
そう創筆を人差し指と中指で挟み、素早く左右に振る。表面の髑髏模様が消えていき、露になった内部の管の一本には、通っているはずの青色の培養液が底をついていた。
「こんな縄作って無駄遣いしてるからそんなことになんだっ」
「それは落ちてたのを拾って使っただけ」
吐き捨てるように言い病院がある方へ歩き出すと、少年はあっけにとられた表情を浮かべ少しの間を置いた後、仕方なさそうに後を追った。




