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Phase473.5(3)

 バーカウンターに両肘をつき、誰かを待つように虎視眈々と一点を見つめる女。黒のニット帽にタイト目な黒のロングシャツにスキニー。おまけに右目に掛けられた黒の眼帯。黒で覆いつくされた女から醸し出される凛禅とした空気は、ダンスフロアで踊りハイになっている男さえ、近づかせない程の棘を帯びていた。

「彼女にマティーニと冷えたヴァイスヴルストを」

 そこへ鈍色の軍服を携えた女がその女の隣に座ると、迷いなくバーテンダーに奇妙なオーダーを伝える。しかし、バーテンは動く素振りすらみせず、黙ったまま佇み続ける。

「三等分のライムが入ったモヒートを二つ」

 そこへ黒づくめの女も続くと、バーテンダーは注文を受けた品ではなく、両者の間に一枚の写真を置いた。

「あのララ・マルティと組めるなんて。光栄だわ」

 ララ・マルティ。軍事関係者であればその名を知らぬ者はいないという程の天才。IQは200を超え、どれだけ不利な状況であっても、最後は必ず戦況をひっくり返し敵を殲滅する指揮力で、数々の戦場で成果を上げ、周囲からは現代のナポレオンと称されていた。

 黒づくめの女は、ニット帽からはみ出た唯一の暖色であるライトブラウンの髪を揺らし、その女に視線を向ける。

「こちらこそ。よろしくねGSG9の悪魔さん」

「その呼び方はやめて。もう今はただのニーナ・ハッセルバッハよ」

「そう。じゃぁ改めてよろしくね。ニーナ」

 ララは照れを隠す様に言うニーナの顔を覗き込むように微笑むと、胸元についたフランス国旗のバッチが照明の光を帯び僅かに閃く。

「で、今回の標的は?」

「この男よ」

 置かれた写真に写っていたのは、黒のサングラスに黒スーツをぴしりと着こなし、複数人の部下を連れ街を歩く男性。綺麗に生え揃う白髪からして齢は五十から六十の間だろうと推定できる。

「イタリアで最も大きい勢力を誇るマフィアグループのボスよ。フランス政府の諜報員による情報筋からは、今回の大疫病に大きく関わってる可能性が高いって話」

 ララは話の続けざまにスマホを取り出し、一枚の画像を表示させる。それを見たニーナは彼の姿に強く違和感を覚えた。

「これは三日前にドームに入った調査員が、渋谷にあるクラブへ入っていく男を捉えた写真。お気づきの通り、何故か彼の頭部からは角が生えていない」

「……彼は何かしら紫血鬼を回避する術を知ってる」

「えぇ、その可能性が高い。今回の任務は彼が知ってる全ての情報を引き出すこと。どんな手を使ってでもね」

 次いで画面をスワイプすると、煌びやかな装飾が施されたクラブの外観を表示させた。

「ここ一帯の地権はほとんど戸津沼組という日本で最も勢力が大きいヤクザが握っていて、このクラブもそこが経営しているっていう情報よ」

「イタリア最大のマフィアと日本最大のヤクザ……。これはかなり裏がありそうね」

「えぇ。前情報では組員らしき人間はいなかったらしいけど、こんな立派なクラブを護衛ゼロでやるとは到底思えない。戸津沼組との戦闘も十分にありうる」

 静かに頷くニーナを確認したララは、再び画面をスワイプし、各フロアの設計図を表示させた。

「クラブの設計はとても単純。入口を抜けると、最大七百人を収容できるダンスフロアが広がっていて、毎晩数百人のヴァンパイアたちがひしめき合ってる。そして男がいるのは入り口の対面に位置するビップルーム。ここに辿り着くまでには当然のようにフロアを突っ切るしかないって話」

「問題はどうやって気づかれずに行くかね……」

「そこは心配しないで。そのために秘密のアイテムを政府に依頼しておいた」

 ララはそう言って得意げにバーテンに視線を送ると、バーテンは厨房の方から真っ白のケーキボックスを持って来ては、二人の間に置く。

 状況が把握できず困惑気味のニーナは、開かれた中身を見てより一層戸惑いの色を強めた。

「これは……、なに?」


「約款は面倒だから説明しねぇ──」

 漸は門前に集まった語創者たちに対し、煙草の煙と共に常套句を吐き捨てる。地面に自分の名前を書き残した語創者たちは、零時を告げるチャイムを今か今かと待ちわびている中、群衆の渦中にいた民藍は、迷子になった子供のように周囲を見回していた。

 門が重々しい音を立て徐々に開いていき、幕が露になるに連れ、群衆の熱気も沸々と高まっていき

 ゴ──ン

 チャイムを合図に皆、欲望と殺気が渦巻くドーム内へと我先にと駆け出した。群衆の勢いに押されるようにドーム内に入った民藍は、改めて周囲を見渡すが、一向に待ち人の姿は見えない。

 あのとき、初対面でありながらも、彼女の口から出る異質な言葉の数々に魅了され、彼女なら自分の背中を任せられると多大なる信頼を寄せた自分がいた。しかし今となっては、プラスの方向に振れた心の反動も相まって、幻滅感に襲われそうになり──だが、これから戦う相手の醜貌が頭を過ると、その怒りを原動力に腹をくくり、筆圧強く地面へ創語を書き始めた。

「ちっさくて全然見つけられなかったんだけど」

 皮肉交じりの言葉が頭上から降ってくると同時に、見覚えのある白の厚底スニーカーが視界に飛び込んでくると、筆圧がすっと緩んだ。

「てっきり、来ないかと思ってたヨ」

「あんな上物を目の前で取られて、黙ってられるわけないでしょ」

「ふふっ。ま、威勢のいいこと言えるのも今のうちだヨ」

 書き終えた民藍は、安堵と緊張が半分ずつ混ざった面持ちで顔を上げると、地面に刻まれた=hole to shibuyaという文字が、夥しい殺気で満ちた深淵穴へと変わり、今か今かと二人を待ち構える。

「地獄に落ちる準備はいいネ?」

 その問いかけに応えるように穴の淵に両足を掛ける。

「早く落ちさせてよ」

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