Phase473(8)
紫血鬼との死闘を終え戻って来た語創者の総数は、入った者たちの三分の一にも満たなかった。そしてもちろん、無傷で狩りを成功させた者ばかりではなく、体の一部を犠牲にし成功させた者や、負傷だけを負い命懸けで帰還した者がほとんどであった。だが後者の者たちは本来の目的を忘れ、混沌とした地獄から生きて帰ってこれたことにただ感謝し、命の危険がない安全な街へと消えていった。
門を出たすぐ先には入場時にはなかった簡易的なパイプテントが設置されていた。そこは持ち帰った死体を金に換える引き換え所となっており、狩りに成功した者たちは列をなし、換金を待っていた。
その先頭。換金の番が回って来たポニーテールの女は、持ち帰った亜夢と異夢の死体をビリヤード台程の大きさのステンレス台に置いた。
「おらおら、邪魔だ邪魔だッー! ゴーバム様がお通りだ」
そこへ二人組の男が列を無視し、我先にとテントへ向かって行くと、換金を始めようとした女の隣へ立つ。
「おい女、ゴーバム様がお待ちだっ。さっさとどきやがれ!」
その一人、やせ細った赤いモヒカン頭の男は女の耳元まで顔を近づけ、甲高い声で言う。
そのやり取りを前に真っ白の化学防護服に身を包んだ職員は、換金手続きを躊躇ったが
「早く始めて」
女は毅然とした態度でそう言ってのけると、職員は言われるまま死体の検査を始めた。
「おいおい、聞こえなかったか女!? 早くゴーバム様に譲れってんだよ!」
女の態度にモヒカン男は眉間に皺を寄せm威圧するように叱声を放つと、その状況を見かねたもう一人の男が巨躯を屈め無理矢理二人の間に割って入り、叩きつけるようにして台に四体の死体を置いた。
「悪いなァ、ネェチャン。ちょっとばかし重くて、肩凝っちまいそうでなァ……」
モヒカン男とは対照的に泰然とした口調で話す男は、首を左右に倒しポキポキと骨を鳴らす。血に染まった白のタンクトップから露出する腕は丸太のように太く、無数の刺青が彫られており、死体を四体担ぎ続けたところで肩凝りしそうにない体格から、皮肉であることがわかった。
「……そんな雑魚ばっかり狩ってどうするの?」
台に置かれた一本角ばかりの死体を一瞥した女は、皮肉を軽々超えた侮蔑の言葉を呟く。
「お前! ゴーバム様に何てこ、……んぐぐ」
「……ァァン? 聞こえなかったなァ……」
ゴーバムは巨大な手でモヒカン男の顔を掴み、黙らせると、もう片方の手で作られた拳を台に振り落とし、けたたましい衝撃音を鳴らす。
だが女は依然として挑発に乗らず凛と佇んでいると、すぐさま先程の衝撃音で漸と羅美が駆け付け、腰の刀に手を掛ける。
「それ以上揉めれば、二人ともこの台に寝ることになるぞ」
「チッ! 顔は覚えたからな女……」
「……。」
「あ、あのぉ……、バーコードの提示を……」
ピリついた空気の中、職員は居心地が悪そうにそう漏らすと、女は銀行口座が登録されている手首のバーコードを職員に向け、男たちを一瞥もせずテントを出た。
「ちょっと待つネ~」
その数分後、換金を終えた民藍が女の後を追って駆けて来た。
「お礼を言おうと思って来たネ。二本角の方譲ってくれてありがとネ」
「……譲ってない。あんたが勝手に奪ったんでしょ」
女は呆れた様子も見せず、また一瞥もせず、ズボンのポケットに手を入れ、淡々と歩み進める。
「やっぱ怒ってるネ。お金ならまた」
「別にお金のためにここに来てるんじゃない。殺しを楽しみにここに来てるの」
自分の声に上塗りされた奇想天外なその返答に民藍は言葉を失う。真っすぐに前を見つめる彼女の目に偽りはない。
「怖くないノ。死ぬことが」
「楽しいだけ。それ以上に、殺すことが」
常人離れした言葉を続けざまに浴びた民藍は思わず足が止まり、遠ざかっていく彼女の背中を凝視する。
「……私、知ってるヨ。今日よりも強い奴らがいる場所。私もそこに用がある。明日、一緒に行くネ」
そして確信する。彼女となら、あの場所に行けると。
「……嘘だったら、殺すから」
女は足を止め、緩慢と振り返り──このとき、初めて民藍と目を合わせた。殺気に満ち溢れた両目を見た民藍は、思わず笑みをこぼしそうになり、
「いいネ。ま、その前に、あいつらに殺されるかもしれないけどネ」
と、バレないようにいたずらな表情を浮かべ彼女に近づくと、そっと手を差し出した。
「自己紹介まだだったネ。私は民藍。あなたは?」
「……ソヒョン。偽名だけど」
「本当の名前はないノ?」
ソヒョンはその手に触れるどころか、拒むように尖った言葉を残し、再び夜の街へと歩き出した。
「殺し屋に本名はない」
「努さん、もう夜も遅いんですから。早く寝てくださいよ」
「おう、わかっとるわい」
夜の見回りで病室を訪れた看護師は困った表情で病室の明かりを消し、車椅子に座り窓から月を眺める老人に念を押すと個室の病室を後にした。既に深夜を過ぎていた病棟に昼間の賑やかさなど当然なく、看護師の足音が消えた後の廊下はしんと静まり返っていた。
ガラッ──
が、そこで突如と病室の扉が開くと、十代後半頃の少女が足音一つ立てずに病室へ入る。
「……そろそろ来る頃と思っとったわい」
その気配を感じ取った老人は、こんな深い時間であるにも拘らず、あたかも来ることが分かっていたかのような落ち着きで、後ろも一切振り返らず月を眺め続ける。
「猿金努?」
「……ほっほっ。孫に名前を呼んでもらえるのがこれほどまでに嬉しいとは……」
少女は黒の袴を鷹揚と揺らしながら歩みを進め、老人の背後に立つ。
「そういえば、お前さんが生まれた日もこんな月じゃったのぉ……、静よ……」
「父からの命令です。最後に言い残す言葉があれば」
老人の問いかけに返答する素振りすら見せず、少女はただ、冷たく尖った言葉を並べていく。
「……月光が、照らす愛孫、憎悪あり。なんての……」
少女は宣言通り、老人の言葉を聞き終えると、自身の爪で掌の皮膚を切るや、滲んできた紫血で刀を生成していく。それはまさに紫血鬼の芸当そのものであったが、少女の頭部には角らしきものは一切見当たらない。
「憎しみを掻き消すほど、月の光が強ければの……」
「……。さらばっ」
老人は月を眺めるその両目に叶わぬ所望を浮かべた後、諦めるようにしてそっと目を閉じた。刀の生成を終えた少女は、人畜無害の権化のような存在である老人の首元へ容赦なく刀を薙ぎ──身に纏っていた真っ白の剣道着は血飛沫で赤く染まった。




