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鼓回顧録/子供たち

(のぞむ)はさ、生まれつき身体が弱いんだ」

 (さかえ)の要望を聞くべく立ち寄った茶店で、一口茶を啜ってから(にしき)は言った。

(のぞみ)は昨日から見てもらってる通り、お転婆でやんちゃで元気そのものなんだけどな。

 うちの里では5歳から忍として本格的な修行を始めることになってるんだが、希は問題ないとして、あと1年でどれくらい望が耐えうる身体になるか、もしくは……」

「修行ができなかったら、どうなるんですか?」

「まあ身体を使うことだけが忍じゃないからな。幸い望は勉学に興味があるし、医者や参謀って道もある」

 そう話す錦からは、望がどんな道を選ぶかどうかということに対する不安を抱いているようには見えなかった。心配なのは生まれつき強くはない身体が、どれほどの歳月を過ごしてゆけるかという、もっと根本的な方なのだなと見て取れた。あの天使のような子が纏っている儚さは、1年後の存命すら危うい状態からきているものでもあるのかもしれないと思った。

「お前さんの力、基礎体力がないと使えないと言ってたな。それはかける相手にも必要なのか」

「体力のある方が効きが早いのは確かです。俺が他者にかけるのは手術とは違って、あくまでも外部から見えるものに対して広範な対処療法を施すことですから。原因を突き止められればもしかしたら効果を早められるかもしれませんが……」

「そうか。いや聞いてみただけだ。うちの医者の腕は確かだが、さすがに仙術とやらは一朝一夕には使えないだろう」

「俺にできることがあるなら手を貸したいと思ってます」

「やるべきことがあるんだろ、お前には」

 黙って頷くことしかできなかった。(つづみ)がどうしても取り戻したいものは、やるべきこととは、平穏な日々と、それを送ることのできる場所──4年前に彼の自治領として認められる寸前に消えた幻の「(つるぎ)(さと)」と、その再興だ。


「隠密から聞いてはいたが、劒の郷の首長は鼓だったのか……」

 国から領地を賜り、自治領と認められるには首長候補が国の定める要件を満たし、かつ首長連合で議題にかけ、既存の首長たちによる合意が要る。鼓は国の要人警護の傍ら根回しを着々と進めていたのだが、あと僅かというところで途絶え、夢と消えた。

 忍の里は連合未所属のため合議の場には参列できないが、各国の動きは仕事柄常に仕入れている。その中のひとつ「消えた劔の郷」は詳細不明の事件として扱われていたのだった。(くだん)の中心人物が瀕死の状態で里に辿り着いたとは。


「こんな重い話を聞かせて申し訳ない」

 錦と話していると隠し事などできない感覚を抱く。しかもそれが不思議と嫌ではない。

「ひとりで色々と抱え続けるのも難儀だろ。気にするな」

「俺があなたみたいな人だったら、この里のような場所を作れていたのかもしれません」

「この里で俺なんかが長をやれてるのは偶然で奇跡的なことだよ。忍の里をここに拓いたのはうちの曾祖父さんだ。俺は会ったことはないけどな。なんだかんだ世襲で続いて、なんとか俺まで続いてる。そして継いだからには守り抜く。そんだけだ」

 謙虚に言ってはいるが、申し分ない力量が彼には備わっていることが十分に分かる。悔いても何にもならないが、もっと早くに出逢っていたかったと思わせる程に。

「あなたの子も、その座を継ぐんですか?」

「素質があって、何よりその気があるならな。──簡単なもんじゃないだろ?」

「そうですね……」

 言葉のひとつひとつに奥行きを感じる。何をどうやってどこまで話すべきなのか、お互いに探り合いをしながらの会話を、表面上は平静を装いながら続けていく。


 茶店を出ると正午を回っている頃だった。5歳以下の子供は午前で学び舎から切り上げる決まりになっていて、2人で迎えに行くことにした。

「そういややっとうちの3人目と初対面だな。お、もうみんな外に出て待ってる」

 最初にこちらに気づいたのは希だった。手を振ってから両隣の子供にそれぞれ声を掛けている。しゃがんで何かを観察していた望の手を引き、双子が一緒に走ってくる。錦に抱きつき、顔を上げて鼓へ笑顔を向けた。つられて顔が綻ぶが、まだ1人、後ろ姿しか捉えていない子が残っているのが気になり視線を戻すと同時に、希が彼の名を呼んだ。

「しるしー!かえるよー!!はやくー!」

 背丈は双子とさほど変わらない。片手にはさっきまで振るっていた棒切れを持ち、砥粉色(とのこいろ)の髪をした少年が静かにこっちを見た。

「しるし…と言うんですか」

「ああ。3年前かな、うちで引き取った。年は双子と一緒だ」

 望も4歳にしては物静かな子だと思ったが、(しるし)にはまた別の大人しさを感じた。“大人びている”という方が合っている。それは生来のものなのか、実の親がいない境遇から身に着けざるを得なかったものなのか。錦が彼について多くを話そうとはしないようなので、鼓も深追いはしなかったが、却って胸を引き裂かれる思いがした。

 希に引き連れられ合流した瑞と間近で目を合わせた。澄んだ瞳は空を思わせる天色(あまいろ)

「だれ、こいつ」

 ぶっきらぼうに錦に聞く。

「つづみだよ。昨日うちにきたひと!」

「なんだ、げんきじゃん。しにかけって言ってたからおばあの家にいったのに」

「死に…まあそうだったけど」

 躊躇いなく、辛辣にそして真っ直ぐに放つ言葉は年相応だ。顔を引き攣らせながら鼓が返す。

「はっはっは!仲良くなれそうだな!さあ帰るぞ!飯だ!」

 豪快に笑い飛ばす錦が手を差し出し、望が掴む。「おれはいい」と言う瑞をよそに、鼓の手のひらにするりと温かく小さな熱が飛び込んできた。驚いて下を向くと希がまた笑顔をこちらへ向けている。むず痒くて照れ臭くて、でも嬉しいような感情に一気に襲われた。そして大小合わせて6つのじとっとした視線にも。彼らにとってこの小さな少女は中核たる存在なのだ。気まずさもあるが、振りほどく訳にもいかず、歩き出した錦に続く。


「いい風だ」

 4人で帰路に着く道中、それぞれの肌を撫でていく感触を捉えて、錦がそう呟いた。季節は春。鼓が過ごしてきた中で、最も心休まる季節だと思えた。

お読みいただきありがとうございました!


やっと鼓と瑞も出逢いました。

そして鼓のさらなる過去にも触れています。いずれきちんと書きます。


既出のエピソードでよしなに加筆しておくべきかな…と思っているんですが(12/4現在)、年齢について、

・錦から見た鼓:同い年くらいか?

・鼓から見た錦:とりあえず敬語使っておかなくては、俺よそ者だし、相手は忍の首領だし

という感じです。

鼓は国の中枢にいたということもあって敬語使う癖が残っているというのもあります。


回顧編、まだまだ続きます。

次回も水曜更新予定です。

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