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鼓回顧録/彼らと出逢った日

 どん底だと思った。いや、底があるだけマシだ。これはどこまでも落ち続けていく暗闇だ──。


「だいじょうぶ?」

 重い瞼をゆっくりと開き、ぼやけた視界の焦点が徐々に合っていく。十数秒の時間をかけて、顔を覗き込む、眩しいほどの金色の髪をした少女を認識することができた。

「父さん!目をさました!」

 背に感触を覚えた。どうやら草むらの上に寝転がる自分を、少女と数名の大人が囲んでいるようだ。その中の1人、(すず)色の髪の男性が少女に取って代わって尋ねる。

「名は言えるか?」

「……(つづみ)

「ツヅミ、か」

 数秒間の思案の後、指示を出した。

「誰か運ぶのを手伝ってくれ。うちに一度連れていく。それと医務係に治療の準備をしておくように先に伝えに戻ってほしい」

「しかしこんな素性の知れない者を……ましてや長の家になど」

「見たところ相当な怪我を負ってる。骨も何本か折れてんだろ。俺と(さかえ)で見張っておけば何かあっても抑え込める。ここで放っておいて死なれたり獣の餌になられたりしても困る」

 なんて会話をしてくれているんだと思いながら、話す気力も体力もなく、長と呼ばれた男性に担がれた。まるで狩られた動物だ。手足をだらりと垂らす様に情けなさを感じつつも、なされるがまま、飛ぶように森の中を駆けていく。さほど体格の変わらない自分をこうもたやすく運べるとは一体彼は何者なのか。風を切り突き進む男に運ばれながらそんなことを考えていた。

 間もなく家屋の中へと入り、設えられた布団の上で、白衣を着た医者と思しき男性が治療を施していく。

「痛いでしょうに。顔一つ歪めませんね」

「……痛みはさほどありません。良くも悪くも、強く痛みを感じるようにはできていないみたいで」

「なら無理をしすぎてしまうわけだ」

「なぜ俺を助けたんですか」

「長に考えがあるんでしょう」

「長……。ここは何という場所ですか」

「忍の里ですよ」

「忍の……!?それなら部外者は辿り着けないはず」

 驚きのあまりに上体を少し持ち上げると、肋骨が軋むのが感じ取れた。その違和感に顔を歪めると、医者に窘められ、再び横になった。医者は鼓が落ち着いたのを見てから話を続ける。

「よくご存じで。存在してもなお見えぬ、それが忍ですからね。それでもあなたが来たということは、何か理由があるのでしょう。さて、私の治療は終わりましたから、あとは長と話されるのが良い」

 強い痛みを感じないとは言ったが、それにしても手際よく治療を終えていったものだ。この国の名だたる名医に勝るとも劣らない腕を持つ医者が、まさか忍として存在しているとは。

 横たわったまま、左手に力を込める。こちらの手は折れていない。片手さえ使えればいい。その他、体のどの部分が今意志通りに動かせるのか、順番に確かめていると、「長」と呼ばれる男性が部屋へと入ってきた。

「うちの一番の医者の施しはどうだった」

「……見事です。お陰で諦めていた命が繋がってしまいました」

「はっはっは。それは悪かったな!」

 鼓の皮肉に対してにかっと笑って返す姿に、気風の良い男だと思った。男の名は(にしき)と言った。

「鼓、あんたのことは風の噂で聞いていた。国の要人の警護を担う謎の人物がいると。一度お目にかかってみたいと思ってたんだ。あんたが動き始めてからうちの商売上がったりでな」

 本気なのか冗談なのか分かりづらい部分もあるが、里やそこに住む者の一切を隠匿し続けている地の長だ。侮ることはできない。

「あんたほどの手練れがそんな怪我を負うのは滅多にないことだと思うんだが」

「これは仕事で受けたものじゃありません。──これで最後だと思ったんですが」

「……事情がありそうだな。それにしても、さっきから後ろ向きな言い様ばかりだ。まあ勝手に拾ったのはこっちだが」

「すみません」

「ろくに身体も動かせないんじゃそう思うのも無理ないか。まずは気の済むまでここで休め。事情を聞くのは後だ。だが悪いが見張りはつけさせてもらう」

 得体の知れない男に対して、ましてや忍がわざわざ監視についてなど言うこともないのにと思ったが、それによって鼓の警戒心を薄めることになったのは、果たして偶然か策略か。

(のぞみ)、今夜は自分の部屋で寝なさいって言ったでしょ。それか希もおばあの家に行くか」

「やだ!私もここでねる!」

 戻った意識で最初に聞いた少女の声だった。おそらく錦の妻が榮で、娘があの少女なのだろう。鼓の横たわる部屋の外で、何気ない家族の会話がなされている。

「もー錦も言ってよ」

「希ー、父さんも寂しいけどさー」

「ちがうもん!さみしくないもん!」

 愛娘からきっと衝撃を食らわされ言葉を失っているであろう錦を振り切ったのか、部屋の中へ希が飛び込んできた。

「そこがだめならここでねる!」

 言うなり手に持っていた掛け布団に包まり、小さな籠城が始まってしまった。呆れる榮、呆然とする錦に、より一層の気まずさが流れる。

「あの……俺の手足とか、縛ってくれても大丈夫です」

 ただ年端も行かない子供に危害を加えるつもりは少しもないことを伝えたかっただけが、思わず変なことを口走ってしまった。鼓の言葉に夫婦揃って大笑いし、榮に至っては指で涙を拭っている。

「あー面白い。おかしなこと言うね、あなた。鼓って言うんでしょ。私は榮。その子の母親で、錦の妻です」

 朗らかな女性だった。希の金色の髪は榮の遺伝だろう。

 結局その夜は一室に鼓、錦、そして希と、外に榮が控えて眠ることになった。奇妙な取り合わせに困惑しながら、視線を感じてふと横にできた城へ目をやると、隙間から希がこちらへ向かって笑っている。勝ち誇ったようにも見えるその顔に、ふっと笑みが零れた。左の人差し指を自分の口に当てると希も同じ動きを返してくる。もう一度頬を緩め、目を閉じた。


 夢を見た。真っ暗な闇の中で寝転がっている。ずっと落ちていただけの暗闇の、ようやく底に着いたのだ。踏ん張ることもできなかった地面が足元にある。辺りを見回すと、微かな光の点が遥か頭上に小さく見えた。


お読みいただきありがとうございました!

本エピソードからしばらくの間は鼓の回顧編です。長いですがご覧いただけたら嬉しいです。


この回顧編はもっと後で、と思っていたのですが、あまりにも鼓が謎すぎるので先に書いておくのが良いかな、ということでここに差し込んでいます。全部で何話になるのか、未定です。


鼓というキャラクターに私の理想の多くを詰め込んだつもりなのですが、書き進めているとどうにも錦も競っています(自分のキャラクターは全員好きですが特に)。

娘を溺愛する錦とか、ドM発言しちゃった鼓とか、想像以上に明るい榮とか、書いているうちに見えてきた部分もあって、創作って楽しいな、面白いなって思いながら進めていました。

そして大切な出逢いの場面を綴ることができてよかったです。


次話も来週水曜日更新予定です。

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