番外編/一等兵の備忘録:夜は静かに更けてゆき、風は常に吹きてゆく
結果、特命部隊の始動から摘発までわずか3日という驚異的な速さで事を成し遂げた。
隊員達には箝口令が敷かれ、救出された少女についての真相は存在ごと隠された。悪事の締め上げという大義を盾にしているといえど、遂の個人的事情が大いに由来しているからだということは言うまでもない。
では果たして彼女はどうなったのかというと、鼓に旧公会堂から連れ出された後、麟鳳から北に下り、隣国との境界に位置する森の中の、小さな小屋へと身を寄せた。そこには隣国の王宮にかつて仕えた医師が暮らしていた。行きずりの鼓と意気投合し、この度の救出劇の一端を担うことになったそうだ。
長年劣悪な環境で過ごした彼女は療養のため、身体の怪我の回復を待ってから鸞瀟を発った。旅立ちの日まで遂は足繁く見舞いに訪れ、当日には妹を見送るべく、入隊して以来初めて休暇を取った。
その夜、遂に声を掛けられた鼓と一等兵の3人で酒を飲んだ。一等兵は下戸につき終始水だったが。
実の妹について、遂が何かを話すことも、2人の方から何かを聞くこともなかった。いずれ語られる日が来るかもしれないし、来ないままかもしれないが、皆がそれで良いという思いで盃を交わし、他愛もない話から今後の軍についての話をしながら夜が更けていった。
*
「どうも僕はこう、自由奔放な人に就かされる星の下に生まれているみたいだ」
「あなたが買われたということですよ。推薦したのは俺ですが」
城の庭園で木漏れ日を受けた地面の雑草を抜きながら、一等兵がぶつくさと零す傍らで、鼓はどこ吹く風、にこりとして言った。
「いつ俺を切っても良いようにこの役職を与えられたと思っていましたが、あなたもいるということは永続的な組織を構想しているからですよ。俺は遂さんの采配をそう取りました」
「大尉があなたに一目置いてるのは誰が見ても分かります。それに僕には人の上に立つなんて向いていません」
「今はそうかもしれなくても先は分からない。長い付き合いになりそうですから、ゆっくり遠くを眺めましょう」
そう言った鼓の視線は既に高い空へと注がれていた。彼には、どこまで見えているのだろうか──。
聞こえた足音に振り返る。いつになく嬉しそうに口角を上げた遂が、右手に持つ紙を振りかざしてこちらへ向かってくる。足取りの軽さからも見て取るに、どうやら良い報せのようだ。
「最終承認が下りた」
闇市の根絶と言っても、人がいる限り、永遠の無となることはない。いずれまた、もしくは既に、水面下で悪事を働く者は、自覚の有無に依らず、いる。その情報を得、芽を摘むために鼓は軍での新たな職として諜報員の役を正式に与えられた。さらに異例なことに、師団兵との兼任である。闇市摘発後、遂はそれらの稟議可決に向けて奔走していた。
「お疲れ様でした」
「おう。ようやくだ。改めて鼓、入隊おめでとう」
「ありがとうございます」
「このところの荒れ具合は酷かったですからね。まずは休養を取ってください」
「何言ってる。新部署は始動直後が要だ。結果次第で即刻廃止も有り得る。まずそれぞれに作った課題と日々の──」
話す速さの変わらぬまま、分厚い紙束を2人に手渡す。
「流石に逸りすぎですって!」
「これ本一冊分の厚さですよ……。いつ寝てたんですか。……え、しかも俺、剣術やるんですか」
「仙術はあまりにも目立ちすぎる。陰で鍛えておく分には構わないが、普段は他の隊士と同じ力も身に着けておけ。それにお前は異色異例尽くしの新参者だ。風当たりを少しでも和らげるには分かりやすく実力を示していけ」
「分かりました。これからは遂さんが上司でもあり師匠でもあるわけですね。お手柔らかにお願いします」
裏では組織というものに辟易とした態度を見せながらも、培ってきた処世術と、それを嫌味なく伝える術は見事と言うほかない。
「ついでに、その気持ち悪い敬語はいい加減やめてくれ。どういう訳かお前にさん付けで呼ばれて堅苦しく話されると鳥肌が立つ」
「鳥肌……」
「気兼ねなく話してほしいってことですよ。素直に言えないんです、この人は」
小馬鹿にしたように、けれど親しみを込めて笑いながら言った一等兵の頭を小突いた遂の顔は少し赤らんでいる。
「いや、でも」
戸惑ったまま一等兵の顔を見る。
「僕は誰に対しても敬語の方がしっくり来るので、気にしないでください」
「ガキの頃からの癖なんだと。薄気味悪いが、4年も聞きゃあ嫌でも慣れた」
そんなのは1人でいいという最後の台詞を聞いて、2人は顔を見合わせて笑った。
ご無沙汰しております。
お読みいただきありがとうございました!
相当前なので覚えている方がもしいたら大拍手大感謝なんですが、当エピソードの「隣国の王宮にかつて仕えた医師」について、過去エピで触れていた箇所と繋がります。
▼鼓回顧録/旋風の導き
https://ncode.syosetu.com/n7416jq/18/
鼓と医師の話もですが、遂の妹とこの医師の物語もぼんやり浮かんでいるので、形にできたらいいなあと思ってます(名前も決まっています)。いつになるやらですが。
それではこの番外編もいよいよ次回がラストとなりました!
また更新日未定の沼に潜りますが、お待ちいただける方がいらっしゃいましたら何卒!




