番外編/一等兵の備忘録:新組織編成
緑の次は白だった。部屋全体に舞う、紙、紙、紙。一等兵の手元からもするりと逃げ出した書き途中の調書を、あたふたしながら追いかける。
異様な現象の最中でも微動だにしなかった遂だったが、1枚の人相書きが視界を遮った瞬間手で掴み取り、握り潰した。それを見た鼓が目を閉じると光は消え、紙はひらひらと重力に従う。
幾度目かの睨み合いと沈黙が始まろうかと思われたが、遂が机を叩く音で遮られた。片方の掌の下にはくしゃくしゃになった紙が敷かれている。
「すげえなあ!仙術使いなんて蓬莱伝説に尾鰭がついた話だと思ってた。蓬莱にはお前みたいなのが何人もいるのか?なあもっと見せて──」
「た、大尉」
これまでの重く堅苦しい様から一転、爛々と目を輝かせ、嬉々として話す遂を、一等兵が動揺を抑えながら嗜める。
その声に、遂は卓上に身を乗り出しながらぴたりと動きを止めた。
赤く染まった耳を見て、鼓の顔は緩む。
「笑うな」
「すみません」
「やはり術師だったか。なんの類だ」
咳払いをしてから元の仏頂面に戻って尋ねた。その落差に一等兵は笑いを噛み殺すため肩を震わせている。
「俺が使うのは仙術というものです」
「さしずめ仙人に師事したってところか」
「理解が早くて助かります」
「駄目元で最後に1つだけ聞く。“世話になった方々”を殺して逃亡でもしてきたのか?」
「とんでもない。そんなことはしません。──……里仕舞いをすると、そう言っていました」
「限界集落か。どこだ」
「移動集落です。口外禁止を言い渡されたので俺の口からは言えませんが、公認であるとは聞いています」
移動集落──。居住地を定めず、各地を転々とする種族が鸞瀟だけでも数十〜数百存在しているという。国へ届け出をしている場合もあれば、逃げ続けている場合もある。厄介なのは後者だ。大きな問題は国の収入を取り損ねている点にあり、役人であれば敏感になるものだ。しかし遂は、「なら、報告がじきに上がってくるはずだな」と言っただけだった。
「取り調べは終わりだ。元々ここに連れてきたのも市中の事件の裏取りをするためじゃないのはお前も分かってることだろうが。
で、今どこで寝泊まりしてる」
「ここ何日かは橋の下に」
「衣服も擦り切れる訳だな。しばらくうちに泊めてやる。功績上げりゃすぐに入隊許可を出す。手段は問わない。──が」
「目的は指定あり、と」
「頭も切れるのは話が早くてありがてえな。そうと決まればさっさと行くぞ。まずはその身なりもどうにかしてもらわねえと。うちのは汚れにうるさいんでな」
「大尉、調書は──」
「明日に回せ。しかも勢のいい手本があんだろ。こいつのことは不問だ。お前も見たものは余計に口外するなよ。無理なら俺が書く。行くぞ」
「え、僕もですか!?」
「積もる話があるだろうが」
早口で捲し立て、颯爽と部屋から出ていった。目を丸くして遂の背を見送った鼓の腰縄を解きながら「なんだかあなたのことを気に入ったのか、信用したみたいですよ。あの人にしては珍しいことです」と嬉しそうに話した。
一等兵の言葉を聞き、小さくついた安堵の溜め息と共に、身体の力が緩んだのが分かった。
「彼とは長い付き合いなんですか?なんというか、上司と部下という関係性にあまり見えないというか……あ、いい意味で、ですよ、もちろん」
「腐れ縁みたいなもんです。お互い16の頃からここで育ってきましたから。まあ大尉の方があっという間に昇進していきましたけどね」
「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」
礼を言われる程ではないと思いもしたが、「さ、行きましょう」と言って遂の後を追った。
*
それからすぐに、特命部隊が組成されることが決まり、隊長となる遂直々に選り抜きの面々に召集がかかった。目下遂行すべきは闇市の根絶。食料から人間まで法外、無倫理に取り引きされる、悪意の巣窟の一掃である。
特命部隊に任命されたのは一等兵の他に遂直属の部下5名、そして外部の諜報部員とされる1名、それが鼓だった。素性の一切知れない男の参入に、軍は騒然となった。
遂は自らの首を懸けてでも鼓を引き入れることを譲らず、更には闇市の摘発が成功すれば鼓を正式に軍に加入させるという、類を見ない強引な取り決めで作戦は始まったのだった。
「残党にはかつての摘発で締め上げ損ねた輩もいる。鼓からの密告を受け、現に俺もこの目で見てきた。4年前に運良く逃げおおせた手下共を考えれば当然のことだ。これでもまだ、静観を取りますか?」
この言葉に、一同押し黙るほかなかった。
ご無沙汰しております。
お読みいただきありがとうございました。
この番外編についてはもう、最後までぜひ読んでください…!!としか言えなくなりました。
あと5話です。増えてすみません。
次回更新は1週空いて、10/8を予定しています。




