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番外編/一等兵の備忘録:「偶然」の重なり方

 生温い風が辺り一帯を覆い、時折砂煙を巻き起こしている。2人──倒れ込んでいる泥棒と思しき人物を含めれば3人──を囲む人だかりが徐々に増え、騒がしさも増していく。


 真っ向から対峙する(とぐる)と、襤褸切れも同然の外套を纏った男は睨み合ったまま動かない。堪らず一等兵が「大尉」と呼び掛けると「分かってる。黙ってろ」と言い放ち、腰の刀に手を掛けた。

「その地面に転がってるのは貴方(きほう)が?見たところ死んではいなさそうだが」

「気絶しているだけです。大尉ということは役人ですね。引き渡し先を探す手間が省けました。後は頼みます。では、これで」


 遂の横を通り過ぎる瞬間、「待て」という声がしたかと思えば襤褸布がひらりと宙を舞った。目深に被った頭巾から僅かに、赤味の強い髪と、その間から緑の瞳が見えた。

「まだ何か」

 自分の方に伸ばされた空の手を見てから尋ねる。

「泥棒を捕らえてくれたのなら謝礼を出さなきゃならない。屯所(たむろじょ)へ同行してくれないか」

「謝礼のために動いた訳ではありませんから。悪さを働いた男と同じ場所に居合わせたから取り押さえた、それだけです」

「その“偶然”は何度目だ」

 溜め息を漏らす男は、泥棒を引きずって遂の横に来た一等兵がなんとか聞き取れる程度の声量で言った。


「闇市の存在を黙認しているのはわざとですか?」

 遂の顔が強張る。彼の出世を速めた功績の1つが、長年蔓延った闇市の撲滅だった。正確には軍の決定により元締めと上層部の処罰のみに留まり、末端まで根絶やしにすることまでは叶わず、遂はその時ほど己の若さ故の力不足を悔いたことはなかった。今も心に深く巣食う後悔と、再び芽吹いた悪の巣窟の存在への憎悪が、怒りの血潮となって全身を駆け巡る。


「事情が変わった。少しの間身柄を拘束する。その手に受けるのは謝礼か手錠かはあんた次第だ」

「理不尽ですね」

「力とはそういうもんだ」

 確かにと囁いた男からは、焦りや失望などは少なくとも一等兵には感じられなかった。



「ここの主管轄の者がじきに来ますから、詳細はそっちの役人に話してください。その時にこの紙を渡してください。犯人の身柄は一度こちらで預かるので──」

 被害に遭った店の店主と、そこで働く女性に向かって一等兵が説明する。


「おい、行くぞ」

「意識のない人間は重いんですよ……!大尉も手を貸してください」

 説明を終えた一等兵が悪戦苦闘している。手足の縛られた人間を肩に乗せるのも容易ない。呆れたように一等兵を見遣る遂を見て、不意に男が笑った。

「失礼。俺が運びますよ。手錠を控えてもらっているお礼にね」

「いちいち嫌味ったらしい言い回しをするな」

「あなた次第ですよ」

 遂の舌打ちなんて聞こえなかったかのように泥棒を俵担ぎした途端、どよめきと拍手が巻き起こった。


「待ってくれ!私達からもお礼をさせてください」

 店主と女性が男の背に向かって声を掛ける。

「彼らから貰いますよ。店を荒らしてしまってすみません。

 ああ、いけない。これ、お茶代です。どうもごちそうさまでした」

 穏やかに笑う様を僅かにずれた頭巾から覗かせると、目にした者は口を噤み、惚けたような表情の者もいた。運が良い、という言葉が合う情景だった。そんな大衆を気にも留めず、端々の切れた外套を翻した。


「謝礼は受け取らないんじゃなかったのか」

「事情は変わるものらしいので」

 ちっと舌を鳴らし「俺は遂だ。卑しくないなら名乗れ」と言った彼に対し、また男は笑った。

「鼻につく野郎だな」

「失礼失礼。律儀だなあと思ったものですから。俺は(つづみ)と言います。どうぞよろしく」

「得体の知れない奴とよろしくするつもりはない」

「はは。そうですか」


 日が傾きかけ、温度の下がった空気の中、奇妙な4つの影が進んでいく。




お読みいただきありがとうございました。


分かってはいたかと思うのですが、「鼓」の名前をここまで出さずにいました。


遂のスピンオフも書けそうだなあなんて思っています。


さてさて、8/23の出展準備のため、次回(この番外編が続きます)更新は8/27とさせていただきます。

出展の詳細は活動報告の方に書きます。


引き続きどうぞよろしくお願いします。

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