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常若へ

 池の水面が波打ち始めた。次第に渦へと変わっていき、大きさが安定したと見られた頃、鼓が呟く。

(つむじ)、行け」

 するとごうっという音と共に、空へ向かって水柱が伸びた。空中で放物線を描き、数秒後にけたたましい音が聞こえた直後、地面が揺れた。木の上へ登った希が、落ちてくる水の粒を浴びながら村の方に向かって目を凝らす。複数人ごとに固まった村人たちが不安げに鼓や水柱を見ていた。ぐずる子をあやす者もいる。

 池から巻き上げられた水は火元へと注がれている。まるで龍のように。やがて鼓が池に向けていた手のひらを引き、水柱が水面から離れた。

「これで火はじきに消えるよ。間もなく雨も降ってくる」皆に向かって言う。現に西の空には黒い雲が控えている。

 胸を撫でおろした村人たちはしかし沈黙していた。木から降りてきた少女が1羽の烏を腕にとまらせ、優しく撫でている。しばらくして誰かが意を決したように尋ねた。

「あんたら、何者なんだ……?」

 少女が静かに口を開いた。

「私と瑞は10年前、今日みたいな火事が起こった日に鼓に助けられました」

「今は俺らも国中を見回って、時にはこうして活動してます。滅多にあるもんじゃないけど」

「見てもらったように俺にはちょっとした力があるもんで、まあ治安維持が生業ってところかな」

「突然のことで、皆さん混乱してると思うけど、だからこそなんでも聞いてください」

 淡々と話してはいるが、彼らがやってみせたのは、村人たちにとっての常識というものからは大きく逸脱していた。顔を見回して話し込む村人たちの間から、1人の男性が前へ進み出た。村の長なのだろう。この状況の最中でも威厳を持って振る舞っている。

「まずはお三方、こうして私たちを助けてくれて、まだ気を失っている者もおるが、村民は全員無事です。本当にありがとう。ただ、我々は命以外、全てを失ってしまった。あなた方へ返せるものは何もない」

「礼を貰おうなんて思っちゃいないから、安心してほしい」

 再び村人たちの顔に安堵の表情が戻ったが、「ただ」と続く言葉にまた不安を覚えることになる。

「故郷を失った直後に酷な選択を迫ることになるが、俺らに着いてきてくれるかどうかを決めてほしい」

 着いていく……?どういうことだ?ざわめきの中、1人の男が「あっ」と叫んだ。

「その子、自分らの住んでる場所から火事が見えたって。だから助けに来たんだって言ってた。でもこの周辺に俺らの村の他に人の住む場所なんてないだろ!?あれはどういう意味だったんだ?」

「まさにそれが、俺らと一緒に来てくれるかどうかを聞く最大の理由なんです」

「私たちからは見えるけど、皆さんからは見えないっていう、……って聞いたところで分かんないですよね。ねー鼓、見てもらった方が早いんじゃない?もうすぐ日が暮れるし、歩いて行くには少し遠いから」

「調子戻ってきたなお嬢さん。今大仕事終えたばっかだっつーのに」

「もう体力残ってねーか」

 瑞の煽りにぴくりと眉を上げ、「舐めんなよ」と小突いて返した。3人のやり取りを唖然として眺める村人たちの方へ振り返って言葉を投げかける。

「今からここと俺らの住む場所を“繋げる”。そこで怪我の治療、食事、休息をしてもらいたい。“残る”かどうかは落ち着いたら改めて考えてくれたらいい」

 今度は前に突き出した両手の先が光り始めた。呼応するように、希と瑞の手の甲に刻印が浮かび上がっている。ゆっくりと時間をかけて広がっていく光の間からやがて、大きな木の根本が見えてきた。大人2人程度が通れるくらいまで広がったところで鼓が振り返り、「悪いが今回は5分くらいしかもたなそうだ」と言った。

「この光の先が私たちの住む“常若(とこわか)”という場所です。これまで救助した人たちも大勢住んでくれています」

 先に光の輪をくぐった瑞も続ける。

「俺らの仲間にも人を招く用意をお願いしておいたから、森の中よりも常若に来てもらった方が過ごしやすいと思います」

 沈黙が流れる。混乱に次ぐ超常現象に即座に対応しろという方が無理がある。それでも、私たちはあなた方に今夜だけでも来てほしい。そう思う気持ちは3人とも同じだった。

「私たち、行きます」

 声のした方を見ると、希が連れてきた女性がいた。横には夫と、抱えられた子供もこちらを見つめている。

 希はこぼれ落ちそうになる涙を堪え、代わりに笑顔で女性の手を引く。3人家族が常若へ足を踏み入れたことを確認してから視線を戻すと、村人たちが列を成していた。

「皆さん…ありがとう。信じてくれて」

 最後に鼓が輪をくぐり、空間を割いていた光が閉じ、森に静けさが戻った。


 未知の場所で救助者たちを出迎えたのは30人ほどの常若の住人だった。

「鼓たちが戻ったぞ!」という掛け声の後に「お帰り!」「いらっしゃい!」など様々な言葉が飛び交った。

 火が焚かれ、丸太と板で簡易的に作られた卓の上には食事が並び、幌がかかった小屋もいくつか見受けられる。皆の注目を浴びる中、鼓の声が響く。

「忙しい中みんなありがとう。まずは彼らの手当てをしたい」

「救護室は一番手前に4つ作ったよ」

「完璧な数と配置だな」

 皆さん疲れてると思いますが、大丈夫だと思っても全員診療を受けてください──。体調に異変を感じている人、怪我の程度が重い人を優先的に診ます。それまでは水分をしっかり摂って待っていてください──。食事は皆さんにいきわたるようにするので安心してください──。絶え間なく呼びかけながら、希と瑞は救助者の様子を見て回る。

 鼓は奥の救護室へと場所を移した。奥の二室は意識不明者のために設置されており、手前の二室へは、男女分かれて入っていく。

「診察の人手、足りる?」希が心配そうに、先ほど第一声を発した男性に尋ねる。

「ババと弟子2人に頼んである。弟子の方は一次診療でちょっとでも懸念があればババと鼓にも診てもらうように伝えたよ。ついに実践だ」

 “ババ”と呼ばれるのは3年前、土砂崩れにより消失した村から助け出された1人で、村唯一の医者だった。医学的な知識と腕前で言えば鼓をも凌ぐ。常若へと居を移した後、手を挙げた2人が弟子として日々励んでいる。

 みんなそれぞれに力を貸してくれている。誰も欠けることなく助けることもできた。鼓も瑞も無事に一緒に帰ってこられた。よかった。本当に。

 安堵の感情を覚えたのも束の間、意識が遠のき、音もない暗闇へと落ちていった。

「常若へ」お読みいただきありがとうございました!

池の水は枯れておりませんのでここで補足しておきます。


開始早々重めで、色んな要素がとっ散らかっている状態ではありますが、自分なりにコミカルな感じも織り交ぜつつ、点と点を繋いでいけたらと思っています。


次話も来週水曜日更新予定です!

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