意思を継いで
「いいけど、高くつくよ?」
講義が始まる少し前、希たちより1歳上のハルカがにやりと笑いながら言った。
「ありがとう……!お礼は必ずするから!」
「何が良いか考えとくね♪」
主に彼女と話したのは希だが、視線は瑞の方を向いていた。それを愛想笑いで返し、学び舎を後にする。目指すのは、鼓の向かう先だ。
*
昨夜、鼓の口から初めて語られた本人の過去は2人の想像を優に超えていた。同時に新たな疑問も次々と顔を覗かせる。何でも質問していいと鼓は言ったが、「俺はいい。もう遅いから寝る」と、瑞はその場を切り上げた。
鼓が常若の地に学び舎を建てた理由は、忍の里の最も秀でた夫婦の元で育ちながら、忍術を扱うことが許されないままだった瑞にとって殊更に響いて聞こえた。1つでも多くのことを学び吸収していくことが、瑞にとっては優先すべきことに思えた。それに、隠していることはきっとまだあるだろうが嘘はついていないと、共に過ごした10年間に偽りはないと、そう確信を得たための退席だった。
ほどなくして希も、居間から自室へと戻っていった。
*
塔を出て鼓の姿が見えなくなると、代わって旋が姿を現した。希は待ち構えていたように腕に呼び寄せ、風の鳥に尋ねる。
「旋、お前は主人の居場所を辿れるよね?私よりもずっと正確に」
「やけに聞き分けが良いと思ってたら、まさか」
「瑞はいつも通り講義出ていいよ。私が休むこと、先生に伝えといて」
「何言ってんだよ。後付けたってバレるに決まってるだろ」
「──実践したいことがある」
1人で行かせる訳には行かない瑞と希はこうして、欠席連絡をハルカに頼むに至った。瑞は昨夜の決意を一夜にして翻すことになったけれど。
救助活動でもないのに2人揃って休むのは初めてのことだ。
「旋もおいで」
「いつの間にできるようになったんだ」
希から「実践したいこと」を聞いた瑞は、驚きで目を丸くしている。
「私だって無駄に毎朝時間潰してるわけじゃないってこと」
「そんなこと思って──」
「はい、静かにして!いくよ!」
瑞の言葉を遮ってから、眼の前で結んだ両手に全神経を集中させる。
──私は忍として生まれて、これからも忍として生きていくんだ──。
強く想い、小さく呟いた。
「隠遁の術・滅」
2人と1羽を中心にした円ができ、その外側で、ふわりと小石やら砂やら落ち葉やらが浮かび、数瞬浮遊してから再び元あった地面に降りた。
「これで私達の気配が消えてるといいんだけど……いや、消えてるはず」
大丈夫かと不安そうに見てくる瑞に慌てて言い直す。
「とにかく行こ!旋、案内して」
広大な大地の上に広がる空を、体躯を大きくさせた烏の背に乗り翔ける希と瑞。その姿も気配も、風が通り抜けていく。
お読みいただきありがとうございました。
サプライズ、でしょうか。そこまでですかね。
このエピソードの諸々(特に瑞)についてはまた、その時が来ましたら。




