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思い想い、漂う

 気を抜いていた。記憶に関する一連のことで気落ちしていたはずの(のぞみ)が、まさか自分に触れようとするなんて思ってもみなかったから。


「何してんだよ!」

 すんでのところで避け、目を丸くしながら慌てて言った。

「何って。言ったじゃん。(しるし)に触れたら記憶戻るんだよねって」

「そっちから来るとは思わないだろ!しかもいきなり」

「今から触るよとか言えばいいわけね?」

「そう……いうことでもないだろ」

「これまで散々かっこいいこと言ってくれてたのに」

「俺にだって心の準備ってのがあるんだよ」

「ねえそれ、言うの私の方じゃない?」

 唇を尖らせて言ってはいるが、その目は幼い頃から変わらない、いたずらを企む目をしている。落ち込まれるよりよっぽど良いが、おちょくられっぱなしは面白くない。


 話しているうちに森を抜け広場に着き、希の肩から(つむじ)が飛び立った。空を切って主の元へと戻り、風と消えた。塔の上から常若(とこわか)を見渡し、ゆっくりと落ちる視線が2人を捉える。

「飯、できてるぞ」

 穏やかに話す、いつもの(つづみ)だ。少なくとも、見えている分には。


「瑞」声調低く、燃えるような瞳で鼓を捉えたまま呼び掛ける。「(わだち)は瑞の何を知ってるのかな」

「さあな」

「気にならないの?」

「まあ多少はな。昔のことよりも、それを知った時に自分がどう感じるのかの方が気になる」

「……瑞らしいね」

「だろ」


「昨日は私のせいで途中になっちゃったから」という罪悪感は、思うに留めた。言ったところで、瑞は本心からの否定をくれる一方で、彼には新たな鉛を与えることにもなる。そんなことはしたくない。


「そしたら、私も──……」

 代わりに発した言葉も途中で切れ、拳を固く握り締める。希の胸中で、記憶を取り戻さなければいけない使命感と、恐怖が拮抗している。


 失ったものを、失ったことを知覚した時、痛みを厭わず引き換えに、取り戻す選択を取るのがどれ程大きな決断なのか、瑞には計り知れない。知らずにいるままの方がいいことだってあるだろう。だから瑞は、過去を知る時の自分の感情の起伏にこそ関心がある。


「それでも、選ぶんだな」

 瑞は心の内で思い、鼓は静かに口にする。希が皆まで言わずとも分かる。辛い真実で穿たれる恐怖が眼前にあろうとも、きっと、彼女は選び取るのだろう。


 日に日に母親の面影を感じるほど似てきたが、一心に立ち向かう意志は(にしき)の強さを確実に継いでいて、懐かしさと共に鼓の心に巣食う無念の影を色濃くもする。


 何よりも思う。彼らに何も打ち明けることなく今生の別れを喫してしまった後悔を繰り返さない道を選べる機会は、きっと今だ。君が弱さだと思っているものを乗り越えたいと思うなら、枷となるのは俺の力の方だ、と。


 希が先に鼓の元へ辿り着く。

「具合、どうだ」

「見ての通り」

「何よりだな」

 微笑む表情から真意は読み取れない。あまりにも自然に、時々浮かぶ疑念をさらりと吹き流してきた、目の前の男。流れた先で堆積し、堰き止められ、希の中で意志となる。

「……私、全部思い出すよ。一気には難しいかもしれないけど、情けないけど、でも、絶対に」

「希ならそうすると思ってたよ」

「軌のこともちゃんと聞きたい」

「お前のこともだ、鼓」

 幾分遅れて瑞が塔の上へと登ってきて言った。

「分かってるよ。まずは飯だ」



「鼓、今日も常若の外に行くの?」

 朝食を食べ終わろうかという時、希が尋ねた。


 2人が講義を受けている間、鼓が過去に訪れた地から可能な限り自分の痕跡を消すべく奔走していたことを知った。これからも訪れるかもしれない軌からの“復讐”の標的とされないために。

「行くよ」

「……私も行きたい」

「仙術でしか消せないんだよ」

「軌に狙われてるのが鼓だって分かった以上、1人で行ってほしくない」

「気取られないための手は打ってる。今までだって無事に戻って来られてるだろ」

「それはそうだけど」

 一緒にいたところで何か起きた時、自分が太刀打ちできる相手なのかは分からない。しかし幼い頃に仕事に出掛けた両親を見送ったのが最後になった希にしてみれば、同じことを繰り返すのは避けたかった。

「心配すんな、って言っても無理か。今日は旋を常にお前らのそばにいさせる。何かあったら旋が知らせるから、今日のところはそれで飲んでくれないか」

「……分かった」

「悪いな」

「あと、鼓に言い忘れてたことがあったんだけど」

 拳を握り、小さく息をつく。

「里が滅んだのは鼓のせいじゃないって、私は思ってるから」


 ──こうなったのは鼓のせいなんかじゃないって私も錦も思ってる──


 かつて聞いた榮の言葉と重なり、思わず目を丸くした。鼓の救いになっているとも言えるその言葉を、希に話したことはなかった。小さかった光は自らの力で、時に強く辺りを照らし、時に温かく周囲を包み込むまでになっている。


「鼓のせいでも、希のせいでもない」

 彼もまた懸命に、本心からの言葉を何度でも強く伝えてくれている。

「──ありがとな」

 上手く笑えていたかどうかは分からない。偽りのない想いだけは、どうか届いてほしい、と強く願った。




お読みいただきありがとうございました。

ちょっと分かりにくいところ多々、かもしれません。


冒頭みたいな希と瑞のわちゃわちゃ感、好きです。

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