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記憶が負うもの

 今日も朝日が昇ろうとしている。どれだけ身も心も疲れていようとも、自然と日の出を待つように目が覚める。


 崖の上から大地を眺めて想像する。


 例えばこの10年間、記憶のあるまま過ごしていたら、私はどうなっていたのだろう。消えない悲しみを乗り越えて来られたのだろうか。それを糧に、強くなれていたのだろうか。(しるし)(つづみ)に甘えることなく乗り越えられていたかもしれない。今とは比べられないくらい強い自分がいたのかもしれない。


 爽やかな風が頬を撫で、次いで柔らかな羽毛が顔をくすぐる。

「おはよう、(つむじ)。もうそんな時間なんだね」

 常若(とこわか)へ導いてくれたという旋。鼓の呼び掛けに応じてどこからともなく現れる烏の形を成した風の鳥。

 当たり前のように受け入れてきたものの1つ1つに、隠されていることが確かにある。

「お前は、鼓のことをどれくらい知ってるの?」

 旋を撫でながら聞いてみる。返事は決して返ってこないけれど。


(わだち)のことも聞かないと……」

 忍の里を襲い、(のぞむ)に怪我を負わせ、鼓の命を狙う男。さらには瑞のことも知っている。鼓が常若を築き、結界で守っているのは軌からの攻撃を防ぐため。鼓が言うには、2人は蓬莱で修行した者同士で、後継の座が弟弟子の鼓に渡ったことで関係が悪化したと言う。常若にはかつて鼓が訪れたことで軌に標的にされ、破壊された地からの人々が住んでいる。常若に住む私たちは負の連鎖を断ち切ることが絶対──。


 点在していた過去が繋がり、混乱の影を落とす。その暗闇にもきっとまだ、知らない事実が眠っている。


「今日は笛、吹いてないけど」

 緑の大地から目を離さずに、背後の少年に向かって言った。


「起きたら、いなかったから」

「いつも通りの日課だよ」

「昨日の今日だ。心配にもなる」

「私は瑞がこんなに早起きしてきたことが心配だけどね」

「早起きくらいできるっつーの」

 実際は希を気にするあまり気を張っていて、ほとんど寝られていないのだが。


「大丈夫だって。ちゃんと伝わってるから。

 正直さ、まだ整理しきれてないことばっかりで、簡単に自分のことも許せないけど、1個だけ分かったことがある」


 結界という加護が消えたことで軌の襲撃を受け、滅んだ故郷。忍の里の長と妻として役目を果たした両親。その元凶が彼女の、彼女なりの優しさからの提案だったこと。全てを忘れて生きてきた10年間。そして思い出しつつある今。5歳の希に向けた願いは鼓も瑞も同じ、「生きて、笑ってほしかった」。


 希にしてみれば、閉じ込めた罪と呼ぶに相応しい過去だ。それでも、変わらない過去の選択を、彼らの願いを、時間がかかっても受け入れるとするなら、答えとなり、救いになり得る1つ──。


「あの日、立ち止まったから、私は今、ここにいる」


 大地を背に立ち、瑞に眼差しを向けて言った。世界を染め上げる強い光が、彼女を後ろから照らしている。目が眩みそうになりながらも、一瞬も逸らしたくないと思わされる。彼女が持つのは、何をも寄せ付けない強さではなく、何度でも蘇るかのような、そんな強さだと瑞は感じている。



「単純に考えたらさ、簡単な話だよね」

「何が?」

 旋に急かされた2人は、鼓の待つ塔へと向かっている。朝餉の時を告げるのがこの風の鳥の役目のひとつだ。歩を進めながら会話を続ける。

「早い話がさ、瑞に触れば私の記憶は戻るんでしょ?」

「それは……そうだけど」

「私の記憶は私のものだから」

「うん」

「だけどどんなことを思い出すのか、やっぱり怖くて」

「そうだよな」

「だから、瑞で良かった」

 立ち止まり希を見ると、希も止まって瑞を見返す。心臓が大きく波打つ。

「瑞がいてくれて良かった。瑞の言葉のお陰で、私は今こうしていられるの」

 困ったように笑って「狡くてごめんね」と付け加えた。

「そのくらい、なんでもねーよ」


 不意に、希の手が瑞へ向かって伸びた。




お読みいただきありがとうございました。


この回に関連することは、内容が物語とちょっと離れそうなので、活動報告の方に書こうと思います。

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