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一縷の賭け

 降りかかる災いの責任の全てを背負い込もうとする(のぞみ)の姿に自分を重ね、(しるし)に言われた言葉を思い出す。


 ──お前に出会って良かったと思ってる人間の前で、自分を下げるようなことは言うなって言ってんだ──


 まだまだ子供だと思っていた少年が、彼なりにもがきながら掻き集めて撹拌しながら見出してきたであろう言葉に、(つづみ)もまた気付かされ、救われている。


 彼に貰った力で、今度は君に伝えられるだろうか。


「俺も瑞も、希のためを思って……ってのは違う、狡すぎるな」

「選んだのは私でしょう……?目の前の辛いことから逃げたいって思った。狡いのは弱い私だよ……」

「ただ、笑ってほしかったんだ。俺の利己が導いた選択を、希にも瑞にも飲ませてしまった。

 それでも希が笑って過ごしてくれてたこれまでの時間は、たとえ空白の上に重ねたものでも、何よりも俺の支えになってくれてたんだよ。瑞にとっても。それは偽りなんかじゃない」


 先刻、瑞を目の前にしながら、10年前の大雨の夜の日の記憶が流れ込んできた。鼓の腕の中で聞いた、悲哀に満ちた声で囁かれた問い。


──希、一度、その辛い思い出を、閉じ込めようか──


 深く理解はできぬまま、悲しみから逃れられるのならとこくりと頷き、幾度目かの眠りに着いた。次に起きた時にはもう、大声で泣き叫ぶことはなくなっていた。


 何も、分からない。

 あの日の選択の善悪も、過ごしてきた日々の受け止め方も、今考えるべきことも、瑞や鼓の言葉の受け取り方も、これからのことも、何もかも。


「俺が瑞に希の記憶を預けたのは、希が過去を乗り越えようとする時に、あいつが傍にいれば大丈夫だと思ったからなんだ。別に、わざわざこんな封じ方をする必要もなかった」


 君の両親と同じように、俺も願ってしまったんだ。彼の隣に共にいるのが、君であってほしいと。君を最も近くで支えるのが、彼であってほしいと。君たちの進む未来が、同じであったら良いと。本当に、とんだ利己主義者だな、俺は。


「希が決めたなら、全ての記憶は持ち主の元に還る。

 ゆっくり考えたらいいよ。今日はもう寝な。落ち着いたらまた話そう」


 静かに希の部屋から出ると、瑞が俯き立っていた。鼓は手を伸ばし、彼の頭をぎこちなく自分の顎下に収める。背丈も成長著しい少年を、こうできる時間はきっと長くない。


「…………気持ちわりいな」

 言葉とは裏腹に、雛鳥のように鼓の腕の中に留まっている。

「希に、“宝玉”の記憶も戻ったみたいだ」

「そっか。……良かった。望や里のことは希のせいじゃないって、俺の言葉だけじゃ伝えられなかったから。それでもあいつは自分を責め続けるんだろうけど」

「希は賢いから。瑞の考えも必ず分かって乗り越えるよ」


 瑞が希に覆い被さった際、微かに髪に触れていた。戻る記憶は選べない。賭けだった。忍の里の加護である結界の依代となっていた宝玉を手に取ったのが、今もなお眠り続ける(のぞむ)だったのだ。

 救いになどならないかもしれないが、己のみを悪だとする希だけは否定したかった。


 立ち去る鼓の背を見送り、はたと気付いた。今日はまだ風呂に入っていない。

 一度自室に戻り、希の部屋の前を通って風呂場へ行く。すすり泣く声を後にして。


 服を脱ぎ、徐ろに自分の背を鏡に映す。全面を覆い隠すように刻まれ、背負い続けてきた(いん)だが、一部が薄くなっている。その分の記憶が希に戻った証だ。


 熱くなった湯を、頭から浴びる。


 いつか、全ての記憶が希に還り、この刻印が消える日が来るのだろうか。いや、希のことだ、必ず来る。だけどそれまで何度また、希を悲しみが襲うのか。俺はその時、支えてやれるのだろうか。けれど最も混乱しているのは間違いなく希だ。自分が狼狽えている場合ではない。


 逆接を繰り返し、ようやく希を支える決意と冷静な思考を取り戻したと思ったのも束の間、自室へ戻る途中ぎょっとした。希が毛布に包まり部屋の外に座っていたからだ。慌てて駆け寄る。夜の闇にも負けない黄褐色の瞳が、こちらを向いた。

「希……何してんだ」

「ここにいたら、瑞が通るはずだから」

「とりあえず部屋入ろう。冷えるから」

 言ってから少し後悔した。このまま部屋の外にいる方が自制が効きやすかったかもしれない。


 先に部屋に入る希の後ろで一つ、深呼吸をして続く。




お読みいただきありがとうございました。

お陰様で2,100PV突破いたしました。嬉しいです。


冒頭で最も狡いのは鼓ですね。でも良くも悪くもそういう人ですね、鼓は。


4人が暮らす塔は木の上ですが、風呂場まであります。さすがにシャワーのみですが。木の吸い上げる水分を一部拝借しています。


そして瑞はまた別の試練です。

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