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風上での再会

「……また、悲しみが生まれるんだね」

 空気の帯びる熱が着実に上がる中、手の震えを抑えようと固く拳を握りながら希が呟いた。

「それを断ち切るのが俺らの役目だろ」

 少年はただ真っ直ぐ前を見つめて応えた。揺らぐ希を最も傍で支えてきた瑞なりの、今この場での選択による返答だった。鼓も2人の言葉を受け止め、「そうだな」と返した後一呼吸間を置き、強い眼差しを進行方向へと注いだ。


 轟音の中に、逃げ惑う人々の発する悲鳴が聞こえる。

「俺と瑞は逃げ遅れた人の捜索と救出、希は安全な場所へ避難者の誘導を頼む。風上へ進めば水源があるはずだから、そこで待っていてくれ。集合の合図はいつも通りに」

「了解」

 司令塔の鼓からの指示に、声を合わせて応じる2人。

 大丈夫。もう私は何もできなかった子供じゃない。全員助ける。絶対に。

 決意を固めた希に向かって、今度は瑞が「後でな」とだけ声をかける。日々訓練を積んでいても、命懸けの救出活動に安全の保障はどこにもない。怪我どころか命を落とす危険さえある。心的外傷と言っていい過去に似た現場に、本当なら来させたくなどない。行かないとは決して言わない、時に強がりで覆われた正義感の塊の隣で行動を共にしたい。けれど長年の付き合いで得た理解から、思いとは正反対の行動を取ることを決める。大切な存在の強い決意なら、交わす言葉は再会の約束だけでいい。

 3人がそれぞれ散っていく。


 パニックに陥った人々に相対し、すぐさま信じてもらうことは難しい。その風穴を開けるのが希に課された任務の一つでもあった。

「風上はこっちです!」

「あんた、誰だ」

 声の限りを尽くして呼びかけても、疑う人も少なくない。おそらく家族だろう。女性と幼い子供に覆い被さりながら男性が怒鳴る。

「私たちの住んでいる所から火の手が見えて…救助に来ました」

「この周辺に村なんてないだろ!」

 そうか、「常若」を知る人は、「外」にはほとんどいない。どうしたら信じてもらえる?どうしたら助けられる──……?

 火煙が迫りくる一刻を争う事態に思考を巡らせるが、明らかに鈍くなっていることも希に焦りを与える。

 男性の下から子供の咳が聞こえてきた。考えるより早く子供の元へ駆け寄り、着けていた口当てを子供の口にやった。親と見られる2人が目を丸くしている。

「ごめんなさい、あとひとつしか残ってなくて。この口当てがあれば多少の煙は防げます。ここも間もなく火に囲まれます。だからお願い。一緒に風上に逃げて──」言葉の途中で咳込んでしまった希を見て、女性が声を上げた。

「家族全員一緒なら、どこへでも」震えてはいたが、強く優しい声だった。


「誰かいますか!?」

 この男は人助けの際に最も力を発揮する。ただし炎を刺激しないよう、鼓が一番得意とする風は、声を出す時にずらす口当ての代わりに、口元へ流れ込もうとする煙を追い払うためのみに僅かに使う。

 人の気配を捉えた。誰かいる。どこだ。焦る気持ちを抑え気配を辿っていくと、倒壊寸前の家屋の中に倒れている人が見えた。周囲の様子を伺い、まだ倒壊までの時間があることを確認してから飛び込んでいく。まるで恐れなど感じていないかのように。

 意識を失っているが呼吸はしている老人の、口元に手を当て術を施してから担ぎ上げ外へ出る。上空を見上げると旋回していた旋が方向を定めて飛んでいった。向かう先には希がいる合図だ。


「鼓!」

 旋に誘導されて池のほとりに辿り着いた。焦げ臭いにおいが微かに届くその場所には、村人が20人ほど身を寄せており、泣く者、押し黙る者、呆然としている者──突如襲ってきた現実に、反応は様々だった。そんな中で話を聞いて回っていた希が鼓に気づき、手伝おうと傍へ走り寄った。両肩には老人ともう1人、気を失った女性を担いでいた。村人の元へ運ぶと、駆け寄る者、喜ぶ者、すすり泣き、中には泣き喚く者もいる。その光景に一瞬安堵の表情を浮かべるが、鼓の問いかけにすぐさま気を引き締め直す。

「あと何人か分かるか?──それから、瑞」

「女の子が1人、まだ家族の元に戻ってなくて瑞がまた探しに行ってる。けど……」

「見つかったかどうかも、村にいるかも分からない、か」黒々とした煙が立ち上る方角を見つめながら鼓が呟いた。

 きっと同じようなことを鼓も考えてる。私じゃ池の水を村まで引けない。消火には鼓の力が要る。だけど人命を優先させるなら、人数が多い方が救助できる確率は上がる。いや、10割でなくちゃいけない。でもその間にも火が──。……だったら、私が行けばいい。「私が行く」って言えば……。喉元でつかえる言葉に、再び手が震えを帯びそうになる。ぎゅっと拳を握り、「鼓」と言いかけた時、茂みから人影が飛び出してきた。

 全身が煤に塗れた瑞の腕の中には、傷一つない女の子が抱えられていた。

「カイリ!」駆け寄る母親の姿を認識すると目から涙が溢れ、泣きながら抱きついた。わあっと歓声が上がる。

「全員助けられたんだな」

 村人たちを見回して状況を察した瑞が声を発し、鼓が「ああ」と頷く。緊張が少し解れた希が話しかけた。

「怪我は?」

「ないよ」

「火傷とかは?服焦げてるとこあるし」

「大丈夫だって」

 希のことは気に病んで仕方がない一方、心配はさせたくないようで、ややぶっきらぼうに返答する。時折咳をするのが気になり、後で鼓に見てもらえと言った。鼓にも伝えておかないと、きっと自分のことは後回しにするだろう。

 2人の会話が一段落したところに鼓の「準備、できたぞ」という声が届いた。なんの準備かとざわつく村人たちへ、「これから消火活動に入ります」そう希が告げた。

 どうやって水を運ぶのか。そんな疑問が飛び交っている。池から村まで1kmは離れているのだからまっとうな疑問だ。

「今から信じられない光景を目にすると思いますけど、鼓が必ず火を消してくれます」

「その後にちゃんと話します。俺らのことも」

 鼓が2人を頼もしげに見つめてから振り返り、右の手のひらを真っ直ぐ、目の前の池に向かって掲げた。吹く風が少し強くなったのを、鼓を見る全員が感じ取っていた。


「風上での再会」、お読みいただきありがとうございました!


明確な時代設定はしていないのですが、なんとなく人物のセリフでは今のところはカタカナ用語は使わずに進めています。地の文ではkmなどの方が分かりやすいかなと思うので使っちゃってます。


次話は来週水曜日投稿予定です。

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