真実を知る日
月が、流れてきた雲によって徐々に覆われていく。木々の葉は擦れ合い、カサカサと音を立てている。宴の喧騒から打って変わって静まり返った常若の夜から、家々の明かりがひとつふたつと消えていく。
常若で最も空に近い場所──3人の暮らす塔で、鼓が吸いかけの煙草を燻らしながら心の内で思う。
(錦、榮、あなたたちの遺した子たちは、今日までの困難を、これからの試練を、越えていけるのだろうか。時が来るのが少し、早すぎやしないか。できるなら何も知らずにいてほしかったと思うのは俺だけか?
恨まれても構わないと思っていたが、こうしていざ告げる時を迎えてみると、情けないな、「怖い」と思ってるよ。恐怖なんてものが、俺の中にもまだあったんだな)
短くなった煙草を咥え、戸棚から取り出した香箱を開ける。中には元の長さの煙草が入っており、愛煙家であれば補充を考える本数が残されている。
箱を元の場所に戻し、吐き出した煙を暫く眺めてから居間へと向かった。会話が止んだのを見計らって扉を開けると神妙な空気へと変わるのが感じられた。
「悪い、待たせたな」
目の前には守り続けてきた光。翳ることなく進み続けてほしいと願って止まない者たち。
*
「とは言っても、何から話すのがいいのか、実は俺もよくまとまってないんだよな」
頭を掻きながら希と瑞を順番に見遣る。共に鼓へと真っ直ぐな視線を返しているが、瑞はややバツの悪そうな顔をしている。無理もない。貫いてきた鼓との約束を、希に隠すことに耐え難くなり、遂に反故という苦渋の決断をしたのだから。しかしその決断をさせる口火を切ったのは間違いなく自分であることも、鼓は自覚している。
「瑞の背中の刻印は見て……ないよな」
「……見てない」
「まずはその話からにしようか」
瑞の背中が疼く。熱を帯びている。その刻印ごと、瑞の背から這い出さんとするかのように。
風に運ばれてきたのは雨雲だ。降らす雨は災禍を呼ぶか恵みをもたらすか。
雨粒が窓を叩いたのと同時に、鼓が話し始めた。
*
「え……?」
「あの時から今日まで、それが最善だと考えてきた。分かってほしいなんて狡いことは言わない。殴られても謝っても許されるとも思ってない」
「ごめん、希、でも俺、本当に耐えられなかったんだ。希が泣いてんの見るの。ずっとあの状態のままなのかもしれないって怖かった。
けどそれも間違ってたのかもしれない。ごめん、ごめん……」
渦が、再びうねりを上げる。悲鳴すらも許さず飲み込むほどの、御しきれない巨大な渦。
「いつから……どこまで……?どんな、何の……なんで瑞が、瑞に──」
初めて明かされた真実に動揺し、耳を疑わずにはいられなかった。言葉を発する端から水が流れ込んでくる。冷静な思考を阻害する黒い水が。
──鼓が
私の記憶を
封じていたなんて。
そして瑞が背中に負っている刻印に
私の記憶が封じられている──……?
抗え、強い自分を手繰り寄せろ、飲まれるな、鎮まれ────。
視界が歪み、ぼやけていく世界が昏い闇に覆われていく。
倒れる自分に咄嗟に手を出す瑞と、だめだと叫ぶ鼓を最後に捉え、希は渦の中へと沈んでいった。
泥土の底で、月は光を放てない。
お読みいただきありがとうございました。
お陰様で1,800PV突破しております。
瑞の背の刻印についてようやく書けました。
三者三様に苦しいですね…。
ここから物語が新しい展開に入っていきます。
次回も水曜日更新です。




