決意、それぞれに
「だから違うって」
「いーや、絶対私が合ってるね!」
3人で塔に帰り、一度部屋に戻った鼓を待つうちに、間を埋めようとして幼い頃の思い出話になった。両者とも瑞の背の刻印については触れない。
食い違う互いの記憶を主張し合い、話は幼かった希と瑞の世話役だった2名の女性が、あまりにも見た目がそっくりだったため、双子か姉妹か、について及んでいる。名は明と灯と言った。彼女たちは常若へ迎え入れられた初めての住人だった。なお希は年子の姉妹、瑞は双子だと言って譲らない。
「記憶力は負けねえ。この間の筆記試験も俺の方が点高かったし」
「書道の実技は私の方が上でした!」
「記憶力関係ねーよ!」
今でこそこうして活発に遣り合っているが、常若へ来た当初、そしてしばらくは2人とも衰弱しきっていた。当人たちの前では一切素振りは見せなかったが、鼓の疲労も疲弊も相当なものだったということは、成長した2人にとって想像に難くない。
片や遊び盛りの2人、片や毎日の治療が欠かせない1人という幼子たちの面倒を見ることになった鼓が明と灯という世話役を迎え、子供たちの成長を見守った彼女たちは、やがて役目を終えたと言って常若を去っていった。常若の今があるのは、彼女たちの懸命の支えがあったからに他ならない。
「常若から出て行っちゃったのは5年前だっけ?」
「うん、俺らが10歳になったぐらいに」
「元気かなあ。どこにいるんだろ。会いたいなー」
「次の行き先は決まってないって言ってたもんな」
「そ、そうだっけ」
「…………」
「そんな責めるような目で見ないでー!」
尤も瑞はそんなつもりは微塵もない。
「責めてる訳じゃねーよ。単に覚えてないのが分かったってだけだ」
「私だって忘れたいわけじゃないのにな」
「だからたまにこうやって話すのも悪くないだろ」
責められる訳なんて、ないんだよ──。その言葉は己の心の内でのみ、木霊する。
少しの沈黙の後、希が質問を投げかけた。
「瑞はさ、鼓のこと怖いと思ったことある?」
「怖い?……は別にないけど」
「そっか。私は軌の話を聞いた時、初めて怖いって思っちゃった」
「どんな風に?」
「色んなことを考えて動いてきたんだろうなとか、それをずっと1人で抱えてきたこととか。どこまでが鼓の計算で、その中でどれくらい私は過ごしてきたんだろうとか」
畏怖の後には、真実を隠されていたことへの寂しさや憤り、ひた隠しを続ける鼓への不信感、それでもかけがえのない存在であることには変わらない想い、何よりも無力さを突き付けられ、混濁する感情を制御しきれない自分に対する嫌悪感、守られていることへの情けなさに代わる代わる襲われ、心を乱され続けている。
「そんな自分が一番嫌」
希は時折こうして、葛藤の末に気分が滅入る嫌いがある。火事のことがなければ純真無垢なままで輝きを放ち続けていたのかもしれない。もしそうであったならば、瑞は希にとっての自分の存在価値を見出だせなかっただろうと思う。希の光に焦がれたところから始まりはしたが、今や影こそ彼を捉えて離さない。
「でも、信じてるんだろ、鼓のこと」
「うん。……信じてる」
「鼓には、俺らにはまだ知り得ないことが確かにあるけど」
言葉を選びながら、自身の考えを紡ぎ、鼓の考えを汲んでみる。
「自分本位で動くような奴じゃない。何か考えがあって、然るべき時機を見定めてる。そんな感じがする」
「良き理解者だね、瑞は」
「なんかむず痒いからやめてくれ」
「悪い、待たせたな」
居間に入ってきた鼓から仄かに煙草の匂いが漂う。
「1日1本って決めてんじゃねーのかよ」
「吸い差しだよ。退っ引きならない状況だったからな」
「ヤニカス……」
「おい、どこで覚えた?そんな言葉忘れろ」
「あまりにも遅いからへばって寝たのかと思った」
「ガキじゃないんでね、お前と違って」
「あ?なら今から一勝負するか?」
「もーほら!いいから!」
よくある口喧嘩から取っ組み合いでも始めようかと言わんばかりの2人を制し、座るように促す。
「聞かせて。軌のこと、それから、鼓のことも、──瑞の背中のことも」
お読みいただきありがとうございます。
お陰様で1,700PV突破しました。
主人公が希でなければ、彼女の隣にいるのが瑞でなければ、この物語はもっと暗く、下手したら私自身飲み込まれていたかもしれません。
正直今この物語が何合目なのか分からないですが、引き続きマイペースに書いていきます。
次回も水曜日更新です。




