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番外編 過去のしるし

 沈黙の中、(つづみ)(のぞみ)の後ろを歩きながら時折空を眺めては、(しるし)は他にも過去を思い起こしていた。


 瑞が忍の里で(にしき)(さかえ)に引き取られたのは1歳くらいの年の頃で、狩猟のため里の外に出掛けていた隊の内の1人が見つけて里へ連れ帰った後に、周囲の反対を押し切って迎え入れてくれたと聞いている。


 首長夫妻に我が子同然に双子と共に育てられ、3人はいつも一緒だった。やがて自分が、生まれた日も場所も、親も何もかも不明の状態で拾われた子だと知らされても、双子の態度は何一つ変わらなかった。

 学び舎に通い始めると、全ての人間が自分に対して錦や榮、希や(のぞむ)と同じように接してくれるわけではないことを知った。心ない言葉や冷ややかな視線を浴びせられたり、理不尽にいじめられたりすることもあった。それは子供だけではなく、一部の大人からも。瑞は自分の出自も含めた全てを甘んじて受け入れていた。というより、当時どうやってそれらの状況を受け止めていたのか、どんな感情を抱いたのか、思い出せないものになっている。ただ1つの出来事を除いては。



「あやまれ!!」

 鼻息荒く怒鳴る希の目線の先には、尻餅をついて呆然としている少年がいる。

「瑞にあやまれ!」

 繰り返し叫ぶ声は上擦り、涙声に近い。騒ぎを聞いた講師が駆けつけ、当事者を順に別室に呼び、他の者は座って待つように言い渡された。

 瑞も事情を聞かれ、希が自分を庇うためにしたことだと訴えると、講師は納得したように頷き、講堂へと戻された。

 その後は互いの親立ち会いのもと、瑞へは謝罪がなされ、希は渋々ながら突き飛ばしたことを謝っていた。


「希、さっきはありがとう……」

 夕飯を待つ間、家の外で遊ぶ希に向かっておずおずと言った。一瞬きょとんとしていたが、満面の笑みで「だって瑞はだいじな子だもん」そう言われた瞬間、心がふわりと軽くなり、同時に錦や榮から伝わるものとはまた別の、春風のような温もりを感じた。


 今になってみれば、それまで瑞の心は空っぽも同然で、あの笑顔を見た時からあらゆる感情の歯車が動き出したように思える。


 そっと自分の耳に触れてみる。かつては種々様々な旋律を捉えていたが、現在は希が奏でない限り、笛の音は聴こえない。本人は否定しているが、忍の血を引かない自分には贈られることのないそれを、これ見よがしに演奏するのを避けているのは明らかだ。


「母さんに1回しかつかっちゃだめって言われたから、瑞にあげる」

 首都へと向かった親達を待つ間、教わりたての初めての術だと言って喜んでいたことも思い出す。里の重要な機密でもある1度きりの秘術を自分にくれたことが何よりも嬉しかった。


 四六時中一緒にいても──少なくとも瑞自身は──苦でもなんでもない。むしろ自分の視界に希がいないと心配で仕方がない。瑞が希を守りたいと思っているのと同じように、彼女もまた立ち向かい、守らんとしている。背負うにはあまりにも多くのものを、身を擲ってでも。


 強さを求める彼女は健気で懸命で、危なっかしくて愛おしい。そんな彼女に対して口を突いて出る想いに照れは無い。本当は気持ちを全て打ち明けたい。とっくに知っていると笑われても、その笑顔を独占して、希の気持ちを知りたい。確かめたい。触れたい。抱きしめたい。たとえ堪えきれずに涙するなら、拭うのは自分の手でありたい。

 年々増してくる欲望を、ひたすら抑え込む。許されざる欲を飼い慣らすために勉学に励み、剣術にも没頭した。背負う制約がなかったら、ミナトのように想いを告げ、鼓のように手を差し伸べることになんの躊躇いも持たずにいられたのだろうか。そんなことも考える。


 ──鼓には軽々しく命を懸けるなんて言葉を使うなと言われたけど、俺には大袈裟でもなんでもなく、希は全てを賭しても守り抜きたい存在であり続けている。


 端切れを寄せ集めたような俺の空洞の真ん中に、生きる希望をくれたから──。

お読みいただきありがとうございました。

お陰様で1,600PV突破しています。


ストーリー自体はこのエピソードでは進行しないので、急遽番外編の位置づけにしました。瑞視点の番外編も書きたいと思っていたので良かったです。

ただ希のこと以外ではあまり心乱されない子で、まだまだ私も理解の途中のため、希の番外編とは異なり、完全瑞主観の形で綴るのは諦めました笑


この物語を書き始める前に、改めて瑞という少年はどんな人物なのかを考えてみたのですが、彼自身が自分のことを、少なくとも希と出逢うまでは空っぽであると思っていたんだろうなというところに辿り着きました。そのため私から彼に贈った瞳の色は天色なのです。


次回も水曜日更新です。

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