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狂気が恐怖を超えて生んだ共犯

「希、また笑えるようになるかな」

 10年前の火事の翌日、朝を迎えた小屋の中、眠る(のぞみ)の顔を見ながら、(しるし)がぽつりと呟いた。目が覚めては泣き、疲れては眠る、そんな夜だったと(つづみ)から聞いた。

 鼓は嘘でも、希なら大丈夫、きっと必ずまた笑えるようになるとは言えなかった。せめて(のぞむ)が目を覚ましてくれれば彼女の救いになるものを。

「希を、信じよう」



「どうして森に行ってたのか話せるか?あの区域に入るのは禁止されてただろ?」

 旋が運んできた木の実を腹の足しにしながら尋ねる。責めるつもりはなく、里の最後の情報を知りたかった。

「希が木を探したいって言ったんだ。そしたら望がいなくなって──」

 瑞の話を聞いているうちに手先が冷えていくのが分かった。希にしてみれば笑えなくなるどころではないかもしれない。泣くことでさえ、負の感情の発露さえも鼓にとっては安堵の材料になり得るかもしれない。この先全てを理解し、己の罪として認識した時、彼女の未来を彼女自身が断ち切る可能性だってある。


 ──ならば、せめて過去を負う覚悟を選び取る時が来るまで()()()()()()()()()良い。“箱”と“鍵”さえあれば──。


 禁忌の手段に即座に行き着く自分に、恐怖を超えた狂気を自覚しながらも、頭はもう実行へと考えを巡らせ始めていた。


「おれ、もっとつよくなりたい」


 俯きながら零した瑞の言葉に我に返り、平静を装って返事をする。

「剣術鍛えてるだろ」

「ちがう。もっと、たくさん」

「……なんでそう思った?」

「希をまもりたいから」

 この幼い剣士の中には、既に大切なものを守りたいという強い意志があるのか。生まれながらのものなのか、戦士の里で育ち、最も身近にそう思わせる存在がいてくれたからなのか。何にせよ、彼の気持ちは汲んでやらなければならない。だが──。

「希は強いよ。もっと強くなる。お前、守れんの?」

 試すように、挑発するような言い方をする師を睨みつける弟子。鼓にとっては希に対する願いと祈りでもあった。

「まもる。おれの命にかえても」

 一点の曇りもない空を宿す瞳が、突き刺すような眼差しを向けて言った。

「そうか。分かった。けど簡単に命を懸けるような言葉は人前で言うな」

 視線を遮るように、小さな頭をグリグリと撫でた。


「箱と鍵は、瑞、お前に託す」


 一転して鼓の表情が暗く変わったのを、瑞は鮮明に覚えている。重い口調で説明を受けた後、覚悟を問われ答えたのも束の間、背中に激痛が走り、それが収まると、意識が朦朧としていた。しばらく靄のかかった空間を彷徨いながら時間が過ぎていく。


「大丈夫か?まだ希も起きてないからそのまま寝てもいいけど」

「……………っ」

「言葉も出ないくらい痛いか。まあ気絶してないのは流石だけど、お前のした覚悟はそんなもんか?」

 煽るように見下ろしてくる鼓を見て、力が戻ったら木刀でぶん殴ってやろうと決意した。


「その背中のこと、希には言うなよ。時間が経てば今感じてる痛みも刻印も消えるけど、希は今後見えるようになるから、背中は見せるな」

「わかってる……!」

「それから、希を守りたいって気持ちは立派だけど、希はただ守られてるだけでいいのか、ちゃんと考えてやれ。今すぐじゃなくてもいいから。ってそんなこと言われても難しいか」

「わかる日がくるまでわすれない」

「そうか」

 正直だなと笑ってから、力の抜けた瑞を抱き寄せ、「ごめんな」と囁いた。


 希を守りたい、何よりも笑ってほしい一心で“箱”と“鍵”を担った彼が刻印と共に課せられた制約により、瑞は“希に触れることが許されない”まま、彼女と時を歩むことになる。


 希を守るとはどういうことなのか、どうすべきなのか、瑞はずっと考え続けている。鼓に囁かれた消え入りそうな謝罪の意味も。

お読みいただきありがとうございました。


瑞に課せられた制約、とてもラノベっぽい要素なのでは!!と自分では思ってます。


次回も水曜日更新です。

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