光と炎と渦
塔までの帰り道、希と瑞の間で話題になったのは軌、そして鼓のことだった。
「瑞もまだ聞いてなかったんだ、軌のこと」
「望や里に関与してるから、希もいた方がいいと思って。……希のことが気になったからってのもあるけど」
「ありがと」
眉尻を下げてそう返す。保ち続けると決めた距離感で。
鼓が隠してきた過去は、確実に希に衝撃を与え、足元を揺らがせている。過去そのものと、鼓が隠してきたという2つの波が代わる代わるに、または一遍に彼女に襲いかかっている。
前を進む瑞が立ち止まり、希の方へ振り返る。今のままでは限界だと思った。瑞が希に迷いなく心の内を伝え続けてきたのは、純粋に想いを届けるためだけではなくなっていた。いつしか鼓との約束と、希への罪悪感、それを正義感で上塗りしたいという思いの間で板挟みになり、拭うように伝えてきた。けれど今、彼女にとってもう1人の絶対的な存在から受けた衝撃を食らった姿を見て、己が手で更に追い詰めることの恐怖を感じた。最も近くで希を支え続けるためには──。
「……俺、希に謝らなきゃいけないことがある」
「何、いきなり」
唾を飲み、押し黙ること数秒間。意を決して話し出す。
「俺の背中には、10年前に鼓に刻まれた印があるんだ」
「印……?何のための?謝るって何に対して?」
「それは……鼓もいる場で話したい。約束だったんだ。希にはまだ言わないって」
希の心が再びざわめく。自分にだけ隠されていたことがある。呼吸さえ忘れさせるほどの真実が、これまで共に過ごしてきた相手から突如として放たれ、沈んだ底から渦になる。きっと飲み込まれれば二度と這い上がることはできない渦。
呼吸がしたい。でも息を吸おうとすれば水が流れ込んでくる。溺れそうだ。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
ついに足の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「希……っ!」
駆け寄る瑞の背後に別の気配を感じ、青ざめた顔を上げた。自分を超えていく視線を察して、瑞も後ろを振り向いた。
「希相手に10年間、よく黙ってられたな」
「鼓……」
頬を撫でる風がひんやりとしている。逆光で表情を上手く読み取れないまま、鼓が手を差し出す。
「立てるか?」
黙ってその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。悔しいけれど、情けないけれど、希は鼓の手を拒むことはできなかった。瑞は2人を見守る傍ら、己の拳を固く握り締めていた。
*
何年ぶりだろうか、鼓の背に負ぶわれるのは。静かに上下する背から熱い体温を感じながら、目を瞑って渦の中心を見る。
鼓のことを知りたいと思ってきたけど、もう“知らなきゃいけない”ってところに来たんだ。瑞が鼓と交わしていた約束も、破ってまで私に打ち明けたことも、必ず理由があって。いつもはぐらかすけど、鼓と瑞が背負い込んでるものがあるなら私だって力になりたいんだよ。守られてばっかりって思うたびに自分の弱さを突きつけられてる気がして嫌なんだよ──。
「鼓、もう大丈夫、ありがとう」
背から降り、一瞬よろめきながらも持ち直し、地面を踏みしめる。
自分の足で、立って、踏ん張って、進んでいかなくちゃいけない。ぶつかっても転んでも無様でも。
渦は解けて収まり、今は凪いだ水面が広がっている。
仮初めだろうと一時凌ぎだろうと構わない。ここで飲み込まれてなどいられない──。
2人を見据える希。父によく似た瞳が再び光を灯して燃えている。
「帰ったらちゃんと、話すから」
水面と炎が、少し肌寒い風に揺らめいた。
お読みいただきありがとうございました!
お陰様で先日1,500PVに到達しました!
制約については今回入れ込みたかったんですが、キリもよく文量の都合もあって次回になります…!!
当初の予定では、瑞は鼓との約束をもう少し先まで守るはずでした。
話を進めるだけなら無理やり既定路線でいけたのですが、そうはいかないので、ピースをはめる順番を今必死で組み直しています。
次回も水曜日更新です。




