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天色の瞳の少年

 (しるし)がさらに(つづみ)へ問いかけを続けようとしたところで、塔の下から3人を呼ぶ声がした。緊急事態かと急いで地上へ降りると、さっきまで診察を受けていた者を含めた村人たちが待っていた。常若(とこわか)の住民も大勢いる。どういうわけか、全員がにこやかな顔をしていた。


「お陰さんでみんな無傷だったよ。いやあ短期間で何度も命救われて助かって、俺らは本当に運がいいよなあって話してたんだよ」

「希望者全員とはいかなかったけど、村の様子も見に行けてよ、みんなに伝えたんだよ。あれぁもう復建までに俺らの寿命がもたねえって」

「馴染みの土地がなくなっちまったのは辛いけど、俺らは元々各地を転々としてたんだ。偶然暮らし向きの良い土地に行き着いたもんで長らく居座ったけど、土着ではねえしな」

「──てことで!」

「長らく時間を貰ってしまったが、ここで私らも暮らさせてほしい」

 村長だった男性の言葉を聞き終えるやいなや、その場が一気に歓喜の声に包まれた。珍しく拍子抜けしている鼓を瑞が小突き、ハッとして「ありがとう、その返事を心待ちにしていた。改めてよろしく」と言葉を掛けた。


 その後はといえば、急遽催された宴で飲めや歌えの大騒ぎで、瑞たちが嗜める必要があるほどだった。


 宴の途中、席を立った鼓に気づいた瑞が追いかける。普段宴とあらば文字通り浴びるほど酒を飲み、円の中心にいることの多い男が、今日はどうも一滴も酒を口にしていない。

「禁酒でも始めたのか」

「お前ね。俺だって自重する日くらいあるんだよ。今日みたいな日はな」

「常若に来てくれることを望んでたんだろ。だったら喜ばしいことじゃん」

「ここに来てもらった方が守るのに都合がいいからだよ。俺のせいでこんな事態になっている、なんて言えなかった。彼らに頭を下げなきゃいけないのに、明朗さに甘えてしまった」

「鼓のせいじゃないだろ」

「どうかな」

「いつ起こってもおかしくなかったことを重すぎる責め苦にすんな。そう思うのも仕方ねえけど、(のぞみ)の前では絶対に言うなよ」

「里が滅んだのも──」

「違う。お前に出会って良かったと思ってる人間の前で、自分を下げるようなことは言うなって言ってんだ」

 いつも小憎たらしく突っかかってくる少年が、驚くほどに真っ直ぐな瞳で真っ直ぐな物言いをしてくる。言葉の代わりに思わず笑みが零れる。「気持ちわりいな」と言われてしまったけれど。


(わだち)のことだけど」

 鼓を追ってきた本来の目的であり、先ほど途中になってしまった話の続きを聞くために切り出す。後継の座を奪われたからと言って、執拗に鼓の関わった地を延々と狙い続けるとは瑞には考えにくかった。しかも鼓が蓬莱の後継者として生きていくなんて話は聞いたことがない。明かしていないだけで、本当のことなのだろうか。しかし後を継ぐつもりなら、それなりの修行を積む必要があるはずだ。蓬莱が実在するならば、史書の記述通りならば、そこに住むのは「仙人」である。護衛や治安維持が俗世から離れる仙人へと繋がるのか。瑞が感じ取っていた幼少期に向けられた冷たい視線と明らかな態度変容の奥にあったものは、自分なら奪われて許しがたく、周囲すら攻撃対象とするほどの復讐の執念と化すものは──。


 思考が様々に交錯する。確証のない推測が脳裏を支配する。


「ところで希が男と連れ立ってから戻ってきてないけど、いいのか?」

「は!?いつから?誰と!」

「えー5分前くらい?ミナトっぽかったけど」

「なんで早く言わねーんだよクソ野郎!」

「お前が話しかけてきたからだろクソガキ!」

「軌の話は希がいる時でいいや!とにかくさっき言ったこと忘れんなよ!

 ──それから!」

 一度向けた背を翻し、再び鼓を見据える。


「お前に救われたのは、出会えて良かったと思ってるのは、希だけじゃねーんだからな。ここにいる全員がそう思ってる。……俺も含めて。

 ちゃんと分かっとけ、馬鹿野郎」


 その場から走り去った瑞を目を細めて見送り、胴乱から取り出した煙草に火をつけながら「立派に育ったもんだねえ」と独り言ちた。

「お前も、そう思ってくれてんのか」

 あえて聞かなかった、いや、聞けなかった問いが孕んだ不安を、図らずも拭い去った空の瞳を宿した少年。姿が見えなくなるまで見送ってから、苦みと共に吸った息を吐き出し視線を上げた。


 紫煙がゆらめきながら夜空へと昇っていく。

お読みいただきありがとうございました!

お陰様で先日累計1,300PVに到達しました。嬉しいです、とっても。


前話で治水の管轄が村に移った、という話がありましたが、土着でない彼らが割とあっさりと見切りをつけられた理由の1つでもあります。


次回も水曜日更新です。

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