遭逢
長年住んだ場所を見たい。できるならもう一度その地で暮らしたい──。希には痛いほど分かる。彼らの気持ちを汲み、判断材料になるならと、自分たちが護衛として付き添い、村への一時帰還を実施することになった。
「時間はかかるが一度で6人に来てもらって、俺ら3人がつく」
村へは歩いて向かう。大人の足で30分ほどの距離だ。
鼓曰く、救助した時に使ってみせた空間を繋ぐ“風開き”は相当体力を使うため、何かあった際の備えとしておきたいそうだ。
鼓が先導し、希が村人たちと歩調を合わせ、後ろには瑞が続く。今姿は見えないが、上空では旋が見守っているだろう。
「ここからは常若の結界の外だ」
一見何の変化もなく続いているように見えるが、鼓が手をかざすと景色が歪んで光の輪が現れた。常若へ来た日に潜ったものと同じだ。全員が輪を通り、鼓が再び先頭を歩く。村人の1人が振り返ると、もうそこに光の輪はない。
ここら辺は狩りでたまに来たとか、うちの息子が迷子になって村人総出で探したとか、自分しか知らない山菜の採れる場所が近いとか、そんな話をしながらどんどん故郷へと近づいていく。
次第に口数は減っていき、一同緊張の面持ちで歩を進める。
「もうすぐ着く」
森から出ると、6人全員が息を飲んだ。話は聞いていたが、自分の目で実際に見るのとでは訳が違う。
かつてその場所は、特段繁栄していた訳ではないが、時に新たな命の誕生を祝い、時に嫁いできた新たな仲間を温かく迎えて、時にそこで育った者の旅立ちを見守り、総じて長閑な時間が流れていた。
今では一切が過去のものとなり、灰や煤に塗れ、建物は炭と化していた。
「何にも……なくなっちまったんだな。何もかも」
「覚悟はしてたけど、やっぱりくるものがあるわな」
「家、見てきていいかい?」
「もちろん」
1回の滞在で留まれる時間は限られている。思う存分見て回ってくれと伝えた。
希は未だに、火災後の忍の里へ足を運んではいない。
きっと、目の前に広がる光景と似た惨状だったのだろう。生存者の情報を耳にしない分、さらに酷いのかもしれない。もしも一度でも里を見に行っていたら、彼らにもっと寄り添えたのだろうか。
ぼんやりと記憶を辿り、目に映る彼らに重ねながらそんなことを考えた。
「無理すんなよ」
はっとして我に返り隣を見ると瑞がいた。今は気を逸らしている場合ではないと気を引き締め直す。
「それは瑞だって同じでしょ。瑞だって里にいたんだから」
「俺は大丈夫だよ。元々親もいないし」
何の気なしに言うが、それこそどうなんだろうと希は思う。瑞は忍の里で育ちこそしたが、里の外の者で、どこで生まれ、親は何者なのか、一切分かっていない。ただでさえ保守的な環境に、出自不明の部外者としているしかなかった彼は、本心では何を思ってきたのだろうか。自分が何者なのかも分からないままで。
「あ、いや、あの日は絶対に忘れらないし、希の両親には世話になりまくったけど」
黙って見つめ返す希に、勘違いしたのか焦って補足する。
「分かってるよ」
希は瑞の出生に関して触れたことがない。両親から言い聞かされていたのもあるが、彼女にとっては些末事だった。瑞という個として希の傍に居る替えの利かない存在、それだけだった。
「みんな、どっちを選ぶのかな」
いずれ分かるよ、と言いかけたが、現実的な言葉を今の希は欲していないだろう。少し考えて「常若を選んでくれたらいいよな」と返す。もちろん本心からの言葉だ。
*
「時間だ。悪いがみんな、集まってくれ」
鼓から集合の声がかかる。行きとはまた違う沈黙の中を皆で歩く。
常若まであと数分という時に、3人が一斉に異変を感じた。直後、「伏せろ!」という瑞の叫び声と同時に希と鼓が村人へ覆い被さると、真横で爆発音がした。
「みんな無事か!?」
「な、なんとか」
全員の無事を確認し、鼓が言葉を投げかける。
「希! 瑞! 常若へ繋げる! 見張りを頼む!」
希が村人たちを擁護し、姿を見せた旋に飛び乗った瑞が上空へ舞い上がる。見渡す限り、爆弾を落としてくるような影は見当たらない、だとしたら──。
「地面に何か仕掛けられてる可能性がある! 気を付けろ!」
しかし一体、どうやって──。
再び爆発音が響く。土煙が上がる。やはり土中だ。
「繋がった! 瑞も来い!」
次々と輪の中へと入っていく村人たち。希も鼓も潜り、後は自分だけだ。鼓が潜り終えたため輪が小さくなっていく。光の輪に呼応して浮かび上がっているその刻印があれば、結界を通ることはできるが、今はすぐにでも常若へ戻った方が良い。旋から飛び降り輪に向かって駆け出そうとした時だった。
「珍しく気配を振り撒いていると思ったら、鼓の仲間か」
振り向くと、黒い衣服を纏った長身の男が立っていた。
「あんた、誰だ」
腰の刀に手が伸びる。返答はない。
「爆発はあんたの仕業か」
続けて問うが、男は涅色の瞳でこちらを見つめたまま黙っている。かつてない緊迫感がある。醸す空気で分かる。相当の手練れだ。鼓の名を口にしたが、味方の雰囲気だとは思えない。
「瑞! 早く!」
「しるし……?
──ああ、なるほど。お前か」
耳を疑ったが、確かに聞こえた。
この男、俺のことも知っている。
刀に掛けた手に力が入る。気を抜いたらやられる。
希の声のした方へ視線を移した男の隙を突き、抜いた刀を地面に突き立て一振りすると、地面が裂け、土煙が男へと向かっていく。すぐさま瑞は後ろへ飛び退き、輪の中へ飛び込んだ。瑞が通ったすぐ後に光は消え、常若の結界は閉じられた。
「逃げたか」
顔色一つ変えないまま、男はその場を去って行った。
土埃が収まった後も、しばらく森にはざわざわとした風が吹き荒んでいた。
お読みいただきありがとうございました。
ようやくあの男が出てきました。
XやInstagramにはすでにキャラビジュのイラストを載せています。黒髪の、あやつです。
【2026/02/11 追記】
表記揺れや行間の調整を行いました。内容に加筆はありません。




