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始まりの風

 心地良い風が吹いている。地平線を臨める苔むした崖の上で、空気を暖め始めた朝の陽の光を浴びながら眠っている一人の少女の元へ、一羽の(からす)がやってきた。羽の色こそ黒いものの、体躯は普通の烏よりもふっくらとしている。眠る少女の顔を傷つけないよう、頭を擦りつけてみる。こそばゆい感覚に、少女がゆっくり目を開けて、見慣れた烏に向かって微笑んだ。

(つむじ)、起こしに来てくれたの?ありがと」


 金色の長い髪を湛えた頭をもたげ、空に向かって伸びをしたこの少女の名前は「(のぞみ)」。光を捉えた瞳は黄褐色をしている。


「はー、今日もいい風」

 涼やかな風に吹かれて、どこまでも広がっているかのような緑の大地を愛おし気に見つめているが、

「って、旋が来たってことは……」

 一気に頭が回転し出したかと思えば、10メートルはある崖の上から即座に飛び降りた。身体への衝撃はなく、着地と同時に軽やかに木々の合間を縫って駆けていく。跳躍という方がふさわしいかもしれない。

「私に黙ってまたあの二人は~っ!」

 さっきまでとは打って変わって険しい表情に、旋は何かを察して姿を消していた。


 森が開け、一際目立つ「塔」が見えてきた。巨大な一本の木と、その上に誂えられた小屋はそう呼ばれている。

(しるし)ー!また抜け駆けしたでしょ!」

 塔の下で刀の手入れをしている、同い年くらいの少年に向かっていく希。

「うおっ!」という驚きと共に、天色の目をした少年は、砥粉色(とのこいろ)の髪を靡かせながら鮮やかに希の不意打ちを避けてみせた。


「あぶねーな!」

「瑞ばっかりずるい!私だって……!ってあれ?(つづみ)は?」

「塔の中にいるよ」

「なんだ、私の勘違いか。ごめんごめん」

「……()()

「今はってことはやっぱり二人だけで特訓してたんじゃん!私だって剣術鍛えたいのに!」

 剣突を食わせる希と、それにも慣れているように聞き入れている瑞の頭上から声がした。

「希、瑞!飯できたぞ」

 声を聞いて、閃いたかのように希がニッと笑った。

「じゃあ瑞、競争ね!」

「あっおい!それこそずるいだろ!」そう叫ぶ瑞の声を、希は既に置き去りにしている。

「──お前は忍の末裔なんだから」

 ひとっ飛びで小屋へ上っていった希を見送り、独り言になった言葉の後に少し間を置いてから、瑞も塔へと登っていく。希以外はほとんど全員、当然梯子を使うのだ。


 塔の中、3人で食事を済ませる。代赭色(たいしゃいろ)の髪に碧緑の瞳をした鼓という青年は、親を早くに亡くした希と瑞にとって育ての親のような存在であり、友のようでも、また師匠でもある。

 そして、不思議な縁で寄り合って塔で暮らしているのは、もう一人。


「鼓、入ってもいい?」

「どーぞ」

 鼻腔を突く、薬のにおいや煙で充満した部屋の中へ入り、ほんの少しの期待を持って問いかける。

(のぞむ)、様子どう?」

「変わりないよ」

「そっか……」

 気丈に振る舞っているつもりでも、沈み込む気持ちが声には表れている。


 静かに床に伏している少年。希の双子の弟・望はずっと、眠り続けたままだ。


「一瞬眩しくなるぞ」


 鼓の使う“仙術”による治療を受けながら、5歳の頃に負った大怪我の影響で、10年もの間、目を覚ますことなく命を繋いでいる。


「望、みんな待ってるからね」

 望の綺麗に手入れされた銀色の髪を撫でながら話しかけることが希の日課だ。閉じたままの目は希と同じ色をしていて、外見が似ていない二人が双子だという証左でもある。


 望が目覚めるまで守ることが私の使命──昨日より今日、今日より明日、再会の日に必ず近づいている。だから、どうか1日でも早く会いたい。同じ色の瞳で向かい合いたい。


「今日の治療は終わり」

 鼓の手から放たれ望の胸の傷口を柔らかく包んでいた光が止んだ。痛々しい傷に、10年前まで一瞬で戻され、そのたびに思いは揺らぐ。

「お疲れさま」

 幾度となく掛けられた言葉に、少し力なく微笑み返す。希にかけてやる言葉が見つからないこと、望の治療に全力を尽くしても未だなお深い眠りの底にいること、望との再会を彼だって待ち望んでいること。様々な思いが逡巡して、いつの日からか治療後の会話は薄れていった。そのことももどかしかった。


 沈黙が続こうかと思われたとき、瑞の叫び声が二人の耳に届いた。

「鼓!希!火事だ!」

 部屋から飛び出し、瑞の指さす方向へと目を向ける。青々と茂る緑を、真っ赤な炎がじわじわと侵略していた。

「あの辺りには確か村がある。旋!」

 鼓が虚空へ手を突き上げると、その手に集まってきた風が渦を巻きながら鳥の形を成していく。今朝希の元へ飛んできた時よりも何倍も大きい烏となり、すぐさま鼓が背に飛び乗った。

「希、大丈夫か?」鼓を追って旋に乗った瑞が心配の眼差しを向けて問うと、やや強張った顔で「うん」と頷き、希も二人に続く。


 3人を乗せた巨大な風の鳥は空を切って火の元へ向かう。燃え盛る炎へ近づくごとに希の脈は速くなり、緊張感が高まる。


 似ている。思い出す。10年前、私たちの故郷・忍の里が滅んだ、あの日に──。

1話目です。加筆修正あるかもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。

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