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鼓回顧録/救出

 (にしき)が視線を翻すと、隣に(さかえ)が駆け寄った。頭を抱き寄せられ、応えるように榮も腕を回す。それも一瞬で離れ、錦が(つづみ)に背を向けたまま左手を挙げた。

 行くな、行かないでくれ──。そう思うに留まり言葉が出ず、伸ばした腕も虚空に舞った。2つの影がやがて、赤黒く燃える火の中へと吸い込まれていき、消え入る須臾(しゅゆ)、鼓が最後に見たのは、確かに金と銀の煌めきだった。


 残された鼓は怒り、悔しさ、不甲斐なさ、あらゆる感情が押し寄せ、その場で叫びたくなったが、今やるべきことは感情を吐き出すことでも何でもない。歯を食いしばり、荒い呼吸を必死で抑え、己の心音すら憎みながら耳を澄ませた。託してくれた力で、(のぞみ)の居場所を突き止めなければ。


 平時であれば空気を辿って気配を掴めるが、激しい炎風に邪魔される。頼みの綱は笛の音だが、それも肥大化する炎の轟音に掻き消されているか、あるいは音自体がもう発されていないのか。


 絶望に飲まれかけた時、ひとつの可能性を見出した。(しるし)、彼なら、この炎を超えることができるかもしれない。そして必ず、彼は希の傍にいる。里で過ごした日々で得た、光芒と確信だった。

 次の瞬間には自らを逆風の渦で包み、燃え盛る火中、最後に音のした方向へと身を投じた。痛覚の鈍い鼓でも数百度の熱には流石に危機を覚える。しかし彼らを助け未来へ繋げることが鼓に与えられた重責だ。


 身を焼かれるくらい何でもない。脈打つ心臓が止むこともない。錦、あなたに穿たれる日が来るまでは。


「瑞!いたら応えてくれ……!!」

 力の限り風を使い、空に向かって火炎旋風を巻き起こす。本来ならば火ではなく水を里へともたらすために使いたかった力だ。天に伸びた火柱を、瑞が鼓のものだと認識できるのか。試練が続く。

 唇を噛み締めながら応答を待っていると、炎を切り裂く一閃の筋が鼓の足元に届き、再び炎に覆われた。一瞬の目印ではあったが、ついに居場所を突き止めたのだ。

 筋が伸びてきた元へと進むと、辛うじて火の手の回りきっていない小高い崖があり、その先端に寄り添い合う瑞と希の姿があった。

「瑞っ!希っ!」

 何度目かの呼びかけの末、ようやく瑞が気付き、泣きじゃくりながら叫んだ。

「希が、希がおきない……っ!!」

「そこから飛び降りられるか?!俺が必ず受け止める!」

 数瞬躊躇ったが、こくりと首を縦に振り、「希を先に!」そう言って背丈のほぼ変わらない希を持ち上げ、鼓に向かって投げ渡した。落下する小さな個体を受け止める刹那、纏っていた風を解き、炎が襲いかかる直前に再び纏う。タイミングがずれれば子供は鼓の逆風により弾かれ、また無風状態では諸共炎に飲まれる。判断の過ちは決して許されない。

 希を抱き留めると、すぐさま呼吸と心音を確認した。

「瑞!希は生きてる!お前も来い!」

 聞くなり地面を蹴り、鼓の胸へと飛び込んだ。真っ直ぐに向かってきた少年を抱きしめる。火とは異なる生きている温もりが、腕の中に間違いなく、在る。

「希をぜったいに助けて……」鼓が里に来て以来、初めて耳にした弱々しい声色で、彼の願いを聞いた。

「何があっても助ける」

 鼓にしがみつく力が強くなったことを感じ、改めて決意を強める。あと、1人──。

(のぞむ)は……望がどこにいるか知らないか」

「森のおくに行ったけど、わからない」

「森……」

 さっきまで2人がいた崖の奥を見やる。炎が燃え盛り、直前の決意がたちまち揺らぎそうになった。

 2人を抱えたままでは望を探しに炎の中を進むのは難しい。一度2人を避難させるほかない。断腸の思いで元来た道無き道を戻る。

 錦、榮と別れた地点へ着き2人を下ろすと、希の喉元に術をかけた。数秒後何度か咳をし、落ち着いた呼吸に戻ったのを見て、瑞が安堵したのが分かった。

「応急処置だ。後でしっかり治療する。俺は望を探しに行くから、この場で待っててくれ」

「もどってくるんだよな?」

 裾を掴み、不安と、鼓への信頼が混ざったような瞳を向けた。

「ああ、絶対に望を連れてくる。それまで希を頼む」

 砥粉色(とのこいろ)の頭に手を置きながらそう伝え、火の海へと1人飛び込んでいった。

お読みいただきありがとうございました。

冒頭の、鼓を通した錦と榮のシーンは、最近の私の死生観みたいなものが反映されています。


鼓回顧録、次で最後の予定となります。


次回も水曜日更新です。

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